第65話 戦闘履歴
フィオレとの話と昼食を済ませたディーノは、三人で再びギルドを訪れアークトゥルスが到着したかを確認する。
するとヴィタからすぐそこの酒場に昼食に向かったと聞きそちらへ向かおうとしたのだが。
「あれ?他の冒険者達が少なくね?」
ディーノが思わず問いかける程にギルド内の冒険者達が減っている。
残っているのはディーノから見てもかなりの実力者と思われる一つのパーティーと、他にはソロと思われる下位の冒険者達四人の姿しかない。
「それがアークトゥルスの皆さんが帰って来た事でギルド内が活気付いてですねぇ、皆さんアークトゥルスの冒険譚を聞きに行っちゃいましたよ」
「あー、まじか。合同パーティーに誘おうと思ったのにな」
頬をぽりぽりと掻くディーノはアークトゥルスが語るイスレロ討伐の話を聞きたくはない。
やはり彼らにも彼らなりに誇張した勇姿を語りたいはずであり、その場にディーノ達がいては勢いのある戦話を語りにくいだろう。
「やっぱりそうですよね!そう思ってアークトゥルスの方々には宿の方に使者を送らせるよう伝えてあります」
おそらくはフィオレから最重要事項としてギルドにクランプスの複数体確認を伝えられており、そこからこの流れを見越したヴィタはアークトゥルスに使者を送ると伝えていたのだろう。
「さすがヴィタ。仕事が早い」
「お褒めに預かり光栄ですっ」
嬉しそうに笑顔を見せるヴィタの表情に、アリスは少し引っ掛かるものを覚えた。
ミラーナの件から様々な事を乗り越え、女性の好意に対するアリスの感は鋭くなっているのだ。
フィオレを連れたまま二日ぶりに帰って来た伯爵邸では、労いの言葉と伯爵に代わって執事のエンリコから感謝を伝えられ、今後更なる危険な依頼を受けると伝えると伯爵が戻り次第また食事をしてほしいとの事。
現在ドルドレイク伯爵は困窮する区域へと物資の支援や指示を出しに向かっており、主人なき邸はエンリコが代理として管理しているそうだ。
そしてフィオレが同行している事で客室をもう一部屋貸してもらえる事となり、臨時ではあるが寝泊まりまで行動を共にする事になる。
アリスは今夜またディーノの部屋へと足を運ぶつもりではあるのだが、その事をエンリコに伝える勇気はない。
「こちらがフィオレ様にお使い頂くお部屋となります。何かございましたら何なりとお伝え下さい」
「ありがとうエンリコさん。ディーノとアリスにも迷惑かけ、て……ごめ」
倒れかけたフィオレを抱き止めたディーノはベッドへと運んで眠らせる。
元々気にはなっていたのだがフィオレの目の下にははっきりとした隈ができており、ここしばらくまともに寝ていない事が伺えた。
このまま目が覚めるまで寝かせてやっても構わないのだが、生活のリズムを取り戻させるためにもヴィタとの食事には起こしてやる事にする。
昼九の時を過ぎた頃にフィオレを起こしに来たディーノとアリス。
食事に出かける前にシャワーを浴びるよう伝えてロビーで待つ。
その間エンリコとこれまでの戦いについての話をしながら、ジャダルラック領の現在の状況について語り合っていた。
伯爵邸で待ち合わせをしていた為、ヴィタは震えながらエンリコに挨拶をしていたようだが、ディーノ達の姿を確認するといつもの調子で話し出す。
「お待たせしました!仕事がちょっと長引いてしまい、少し遅れてしまいましたね!申し訳ありませんっ」
空は赤く日が沈む前であり、昼十の時までまだ少しあるのだが、自分が予定していたよりも少し遅くなったという事なのだろう。
「いや、こっちも準備が今終わったとこだしちょうど良かった。エンリコさん、彼女は優秀なギルド受付嬢なんで、覚えておいてもらえますか?」
ディーノはヴィタの今後の進路も考えてエンリコに売り込んでおく。
元々そのつもりで待ち合わせ場所を伯爵邸にしているのだが、ヴィタとしては思い掛けないディーノの言葉に動揺しているようだ。
「セヴェリン様にお伝えしておきます」と一礼するエンリコにはディーノの考えなどお見通しだろう。
しかし恩あるディーノの言葉であればそれは正しく伯爵に伝える事になるのだが。
ヴィタの紹介する店に到着し、店の人気メニューを片っ端から注文して、最高級の酒も出してもらった。
静かなフィオレは仲間の敵討ちが済むまでは立ち直る事もないだろうが、場の雰囲気を悪くしてはいけないだろうと作りながらも笑顔を見せている。
風味豊かな料理やスパイスの効いた料理に舌鼓をうち、深い味わいの酒を堪能しながら今回の戦いについて振り返るディーノとアリス。
昨夜はアークトゥルスがいた事でばか騒ぎのような飲み会で楽しかったのだが、忘れてしまう前にアリスの戦いの記憶は刻み込んでおくべきだ。
それは今回ディーノも同じ事であり、イスレロの動作に対する目の配り方や足の角度、視線や重心の位置に筋肉の膨張具合、さらには空気の肌触りや滑らかさにまで意識を向けたディーノの戦闘知覚は常人のそれを遥かに上回る。
アリスも初めて聞くディーノ自身の戦いへの認識にまだまだ多くを不足していると感じざるを得ない。
しかしディーノは超高速戦闘を得意とする為、風の流れ一つで体の傾きや飛距離、着地時の反動など様々な変化が起こり得る事から多くを考え読み取りながら戦闘をしているのだ。
アリスの場合はそこまでの知覚は必要がない為、いかに攻撃を食らわずに最大の攻撃力を発揮するかが最も重要であり、敵の動きをある程度予測したものを中心に自身がどう対処をし、どれだけ正確に敵の弱い部分を突けるか考えて行動するべきである。
このディーノとアリスの会話を記せば戦闘履歴ともなるであろう内容に、フィオレも驚きの表情を隠せない。
イスレロを見た事のないフィオレでさえもある程度の形態を想像し、二人の会話からの戦闘への意識の向け方、動作や視線、状況を想像しながら聞いていくと、どれだけ危険なモンスターと戦ったのか想像がつく。
彼らが戦ったイスレロは巨獣という違いはあったとしても人型のクランプスと同等かそれ以上の存在であり、もし仮にサジタリウスが挑んでいたとしても勝てるかわからない。
クランプス戦と同様に壊滅した可能性さえあるのだ。
信じ難かったディーノのクランプス討伐を今は素直に本当の事なのだろうと受け止められるフィオレ。
仲間の敵討ちをディーノやアリスと共に、今後合流するアークトゥルスのメンバーと共に臨めるとするならば希望が見えてくる。
しばらくアリスとディーノの会話が続き、その戦いを嬉しそうに聞き続けるヴィタは二人の戦いを妄想しているのだろう。
二人の会話が終わるとホゥと満足そうな表情で酒を口に含む。
「んん、こんなとこか。フィオレはクランプスと戦った事覚えてるか?アリスの参考になるだろうから聞かせてほしいんだけど」
「僕から話せる内容だと君達みたいな細かな部分までは話せないけどいいかな」と前置いて話し始めた。
サジタリウスは前衛のナイトと中衛にファイターとランサー、後衛にアーチャーのフィオレという攻撃に特化したパーティーであり、ナイトが敵の攻撃を防ぐと同時にフィオレのインパクトが込められた矢で敵の体を押し退け、隙ができたところにファイターとランサーが攻撃を加えるというのがいつもの戦闘スタイルとの事。
これまでの多くの戦いで磨かれ続けたこの連携は、SS級モンスターにでも確実に通用する必勝の戦法だったそうだ。
クランプス戦でも同じようにナイトが抑えてフィオレが跳ね除け、ファイターとランサーの攻撃も通用する為勝利は確実と思ったとの事だが、クランプスはフィオレの矢に構う事なく雷属性スキルを発動してナイトを昏倒させ、動揺したファイターに右爪による一撃を振るい、ランサーの斬撃を受けつつも後方に退避。
大剣で爪を受けたファイターは起き上がりクランプスに備えるも、ナイトは全身を突き抜けた雷撃に立ち上がる事ができなくなったとの事。
上級回復薬を振り掛けてから追加で飲ませたものの、しばらくは動けそうになかったそうだ。
ランサーが槍の乱舞で牽制し、距離を稼ごうとフィオレも矢を射りファイターはナイトの容体を確認する。
ナイトの回復がまだしばらく掛かるだろうとその場に寝かせ、隙を作る為フィオレが矢を射るも距離を取る事でその斜線から外れ、また新たにインパクトが発動できるようになるまでの待機時間を長く感じながら、三人で戦闘に臨んだとの事。
三人での戦いは誰も倒れる事はなかったものの、クランプスが観察しているかのように全員の攻撃を待ってから回避や防御で耐え続け、ナイトが立ち上がった後には嬉しそうに口角を釣り上げてまた最初と同じように戦いに臨んだらしい。
ナイトがクランプスを抑え、フィオレの矢を躱し、向かって来るファイターに雷撃を食らわせてランサーの斬撃を後方に退避する事で回避する。
今度はファイターの回復を待つ事になり、次に体勢を整えれば今度はランサーが雷撃を受ける事になる。
完全に遊ばれているのだと感じ、勝機が薄い事を悟ったサジタリウス。
次の接敵で再び雷撃によりナイトが倒れ、ファイターとランサーを薙ぎ倒してフィオレを狙って来る。
左爪が横薙ぎに振われたのを伏せる事で回避し、クランプスの左に駆け抜けて距離を取り弓矢を番えるも、ニタリと笑ったクランプスがフィオレを追う。
仲間を回復させる為にも時間稼ぎが必要であり、障害物が必要と判断したフィオレは林に駆け込んでクランプスの追随に堪え忍んだとの事。
回復を終えて林へと飛び込んできた三人に向かったクランプス。
それを上方から見下ろしていたフィオレは接敵するその時を待ち、タイミングを見計らって飛び降りる。
ナイトと接触する瞬間にインパクトを射ち込んだフィオレはクランプスの上に着地し、すぐに三人の後方へと退避。
隙ができたクランプスに向かってファイターとランサーが攻撃を加え、ナイトも片手剣を突き立てたところでフィオレに逃げるように指示を出したそうだ。
クランプスから逃げ切れるとすれば素早さのあるフィオレだけだと言われたそうだが、限界まで戦い続けるべきだと判断したフィオレはそれを拒否。
サジタリウスはそのまま四人で戦い続けたそうだが、攻撃される順番があるのだろうと思われたクランプスの攻撃は、四度目には順番を変えてきた事で予想を裏切られたランサーが右爪で貫かれ、ナイトが雷撃に倒れてしまう。
二人が倒れたままファイターとフィオレで戦いに臨んだそうだが、ランサーは意識がなく回復薬を飲む事ができない。
ナイトも雷撃に意識を失っており隙だらけの状態であり、クランプスはファイターを押し退けてフィオレの矢を回避してからその背中を貫いたとの事。
絶望的な状況でファイターはフィオレを逃げるよう指示を出し、嫌だと拒否するフィオレに自分が倒れたら絶対に逃げろ、
「だから僕はね、仲間の敵討ちをする為に生き残ったんだ。絶対に討伐しようと思ってたのに……あんなに……いるなんて……」
またポロポロと涙を流し始めたフィオレは複数のクランプスに絶望を抱いた事だろう。
そして討伐までに長い時間を要すれば、どの個体かわからなくなるのも涙の理由に含まれるかもしれない。
「雷属性のクランプスなんているんだな。珍しい個体だろうからすぐわかると思うぞ。アリスとフィオレが狙うのはその個体だな」
「絶対に倒しましょう!だからフィオレもそんなに泣かないで、って……無神経すぎるわね……いいわ、ほら、好きなだけ泣きなさい」
アリスが抱きしめると声を出して泣き出すフィオレ。
そんなアリスとフィオレを見てディーノはぽりぽりと頬を掻いていた。
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