第48話 器用
この日馬車に乗るのは御者席にディーノとアリス、荷台のクッション性を持たせて張った布にはロザリアとルチルが座っており、この柔らかい乗り心地に満足そうだ。
「アリスは槍なんて持ってどうしたの?まさか近接でもやるつもり?」
「そのまさかよ。ディーノがアタッカーは前に出るべきだって言うからね〜」
世間一般的な考え方とは真逆をいくディーノの指示に従うアリスを少し不審に思う二人だが、本人がそれを嫌がっているようには見えない事から「そうなんだ」と特に何も言うつもりはない。
しかしあえて言うとすればディーノとアリスの距離感だろう。
以前のアリスであれば馬車の御者席とはいえ男の隣に座る事などなかったはずだ。
そしてその距離が近く、やや右寄りに座っているディーノと中央寄りに座るアリス。
明らかにアリスの方が好意を寄せている事がわかる。
これは噂もそう間違いではないと思わざるを得ない。
「アリスさ、近くないか?」と問うと、飛び上がる程にビクリとして距離をとる程だ。
この事からアリスはディーノに好意を寄せているがディーノにはその意思はなく、今のところ噂にあるような男女の関係にはないと二人は結論付ける。
アリス本人からも聞いているのだが、実際にこの二人を見て間違いないと確信した。
「ところでルチアはアーチャーだよな?」
ディーノは自分を兄と慕っているアリスが揶揄われても可哀想だと、ルチアのジョブについて問いかける。
「そうだよ。ペインスキルのアーチャーだしそこそこ珍しいでしょ」
弓矢を持つ冒険者は複数いるが、モンスターには威力の低い矢に痛みを載せる事ができるペインスキルを持つアーチャーは少ない。
基本的に狙いに補正の掛かるショットスキル持ちのアーチャーがほとんどで、それ以外はクレリックアーチャーやウィザードアーチャーなどの重複ジョブの者が多い。
「痛みを与えるんだっけか。じゃあ距離とかはスキルに影響するのか?」
「モンスターには痛みの与えやすい場所があるんだけどね、遠いと狙えないし威力が下がるって理由もあるんだけど、たぶん近い方がスキルの効果も高いかな〜」
遠ければ矢の刺さる深さも違い、さらにはスキルの効果も薄いと考えれば遠距離よりも近距離に向いたスキルのように思える。
それこそ弓矢ではなく剣や槍など近接武器であれば恐ろしい程の能力を発揮できそうなものだ。
しかし弓矢を選択したという事であれば、ステータスも器用が大きく伸びているだろう。
ディーノ初の器用実験ができそうだ。
「オレの実験に付き合って欲しいんだけどいいか?馬車の上からでいいから向かって来るボアでも仕留めてくれ」
「んー、簡単に言うけどさぁ、ボア仕留めれる程矢に威力なんてないよ」
ルチアがボアを矢で仕留めようと思えば、目の前で倒れたボアの頭を射抜くくらいでないとトドメを刺す事はできない。
「オレのギフト渡すから試してくれ」
「ギフト?あの……物語の何とかって地味な英雄の?」
物語に出てくるゼイラムの記述は少なく、ゼイラムの名前を覚えていない者も多いのが現状だ。
ただ英雄パーティーにバフ効果を与えていた仲間がいた程度の認識だろう。
「そうそれ。そのギフトを渡すから狙ってみてくれよ」
「わかった〜」と軽い返事をするルチアだが、ディーノとしては器用バフがどれだけの効果を与えられるのかを知りたい。
これまで自分の速度バフに隠れてその性能を理解できていなかった為、ここで知る事ができるとすればルチアを同行させた意味は大きい。
それこそ報酬を払ってもいいとさえ思える。
そして一時程もしないうちに馬車の前に現れたのはアードウルフと呼ばれるモンスターの群れ。
五体のアードウルフが馬車に狙いを定めて近付いて来るが、ディーノはこれは丁度いいとばかりにルチアに手を伸ばしてウルフの対応を任せる。
「よし、ギフト贈るから手を握ってくれ。実感はないだろうけどおそらくは器用さが贈られるはずだ。試しに何体か倒してみて感想を聞かせて欲しい」
「全部は無理だよ?」
「残りはロザリアに頼もうか。ギフトに慣れてもらうのにも良いだろうし」
「ギフトか。ちょっと楽しみだな」とディーノの手を握り、馬車を降りてアードウルフとの戦闘に備えるロザリア。
ルチアもディーノの手に触れると立ち上がり、馬車の荷台からウルフへと弓矢を向ける。
この段階でルチアは自分の手の振れが普段に比べて少ない事に気付いてはいるのだが、狙いを定めている為口に出す事はない。
そして走り出したウルフの動きを見ながら、他のウルフに隠れた一体に狙いを定めて矢を放つ。
一瞬だけウルフの視界から自身の姿が消えた事を利用して、矢を射る瞬間を悟らせないよう狙ったようだ。
放たれた矢は狙い通り狙ったウルフの額を完璧に捉え、「ギャウンッ」と鳴き声をあげるとその場に倒れて動かなくなった。
ルチアの矢が放たれると同時に走り出したロザリアだが、自身のエアレイドを超える速度で走り出した事でバランスを崩すも、踏み込む力を抑える事で速度を制御。
全力ではない速度でウルフへと接近すると、一歩強く踏み込んで急加速と同時にダガーを薙ぐ。
しかしその刃はウルフの首元を外し、下顎をわずかに斬り付けただけにとどめるも、その勢いのあまりウルフの群れをすり抜けてしまう。
足を着くとすぐさま振り返り、ロザリアに敵意を向けたウルフが立ち止まるとその首元へと矢が突き刺さる。
ルチアが隙を見せたウルフへと二射目を放ったのだが、ペインスキルが付与されていた為か激しくのたうち回ると痙攣を起こして動かなくなった。
そして立ち止まる事のなかったウルフは今もまだ馬車へと向かっており、それを追ってロザリアは駆け出す。
自身のエアレイドを超える加速でウルフを追うロザリアは馬車までたどり着く前にウルフへと追い付き、走る速度を抑えてからその首へとダガーを突き刺した。
すぐ隣で倒れた仲間に目を向けたウルフはルチアの三射目の矢によって左目を貫かれる。
残る一体は身を翻してロザリアへと向かうが、ロザリアは速度に乗ったまま接近すると、まだ加速途中のウルフではロザリアの速度に対抗する事はできず、あっさりと首を斬り裂かれてその場に崩れ落ちた。
馬車から矢を射っていたルチアに振り返り、ディーノは今の戦闘の感想を聞かせてもらう。
「どうだった?」
「器用さのせいなのかすごく安定して射てたよ。速射でも狙いを定めるまであっという間だし、普段より弓が軽く感じたな〜。それと二匹目はあの位置じゃ死なないと思ったんだけど、ペインで殺せたって事はスキルにも効果あり?」
詳しい事はわからないが、器用さをギフトすると弓が安定するのは当然として、スキル効果も上昇したように感じたようだ。
スキルとして痛みを与える範囲が広がるせいなのか、たまたま当たっただけかは確認のしようもないのだが、器用さのギフト効果はやはりアーチャーに向いているらしい。
「なるほど。効果は結構大きいみたいだな」
「うんうん」と頷くルチアだが、器用さによる技術の向上はどのジョブであったとしても効果が大きいのは当然だろう。
そしてスキル効果のわかっている素早さを贈られたシーフは安定とは程遠い。
「あたしの場合はほとんど制御不能だったんだけど……常時エアレイド状態どころかそれ以上って……」
ロザリアは馬車のすぐそばまで来て最後の一体を倒した為、声の聞こえる位置にいる。
ディーノのギフトがロザリアのエアレイド以上となれば、俊敏値がディーノのステータスの半分以下という事であり、制御しきれないのも当然と言える。
ロザリアの動きから見てもソーニャにはまだまだ届かないだろうなと思いつつ、ソーニャが今何しているのか少し気になるディーノだった。
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