第47話 アリスの新装備

 翌朝ギルドで待ち合わせをしていたディーノとアリス。


 ディーノが待合席で待っていると、普段とは違う装いのアリスがやって来た。


 袖のない黒いインナーの上には白いタンクトップ型のトップスを重ねており、少し長めに作られた裾はスカートに重なるようにしながらもウエスト部分からは複数の切り込みが入っている為、インナーや黒いスカートが隙間から見えるようなデザインだ。

 黒い短めのティアードスカートを履き、上部と足元に黒い装飾の入った白いニーハイブーツ、同じデザインのアームウォーマーを装備しており、トップスからブーツやアームに至るまで白い部分は全て同じ素材が使用されている。

 さらには金属製の透彫を多用した胸当てを重ねる事によって白と黒のバランスを整え、魔鉄槍バーンの色味にも合わせた完璧な統一感を持たせていた。


 白と黒を基調とした装備を纏ったアリスは美しく、ギルドにいた多くの冒険者達の注目を浴びているが、それを気にする事もなくディーノのいる席へと近付いて行く。


「お待たせ」とディーノの向かいの席に座り、見つめてくるディーノからの感想に期待するが、「まったく……何を考えてその装備に……」と目を逸らしたディーノに、アリスは不満そうに感想を求める。


「せっかく装備変えたんだから褒めるとか何かないの?」


「……ミラーナだろ。それ選んだの」


「むぅ、そうだけど感想は?」


「似合うけど……本当にすげー似合うけど……あぁぁもう、オレの好みに寄せてきやがって、もう何考えてんだよ……」


 やはりミラーナの狙い通り、そしてアリスの期待通りディーノ好みに仕上がっていたようだ。

 似合うと言われてアリスは嬉しそうに顔を綻ばせ、困り顔のディーノを見て満足そうだ。

 しかし冒険者仲間に手を出さないと決めているディーノにとっては、自分好みの服装(装備)をした女の子、それも自分が知る中でも一、二を争う程の美貌を持つアリスがその服装をしていては目に毒とも言える。

(兄ちゃんのように思ってるオレを喜ばせたいのはわかるけど違うだろ)と思いつつ、ため息を一つ吐いてアリスに向き直る。


「オレも男なんだからな。今後は接し方には気をつけろよ」


 この言葉に意味がわからないアリスは突き放されたと思い少し落ち込むも、ディーノの頬が少し赤い事に気付いてその意味を知る。

(意識されてるっ!)そう思うと堪らなく嬉しくなるアリス。

 周囲ではやはりアリスがディーノを誘惑しているのだと噂をされているのだが、嬉しさのあまり周囲の視線など気にならないアリスだった。




「アーリースーさぁん。いつもの地味ぃ〜な装備はどうしたんですかぁ?」


 いつもよりも太い声で問いかけてきたのは受付嬢であるエルヴェーラ。

 ギルドに入って来て早々に注目を浴びたアリスに視線を向ければ、これまでの体を隠すような装備ではなく、肩や太腿を出して少し色気を感じさせるような装いをしており、待っていたディーノまでもが戸惑っている。

 これは完全に誘っているのだと判断したエルヴェーラはアリスに喧嘩を売りに来たのだろう。

 しかしアリスに絡んできたエルヴェーラの背後に立つ二人の影。


「アリス。ちょっと来なよ」


「話を聞かせてもらおうか」


「ルチア、ロザリア……え?え?うわっ!ディーノ、少し待っててぇ!」


 アリスの首根っこを掴んだロザリアと腕を掴んだルチアが、アリスを連れて外に出て行った。

 ディーノは助けに行くべきか考えたものの、女同士の繋がりもあるのだろうと少し待つ事にする。

 そしてエルヴェーラはディーノに「本当に冒険者に手を出さないんですよね!?」と再び問い詰めるも、ディーノが苦笑いしつつ「たぶんな」と返した事に憤慨する。

 恋愛とは自由なものでありながら奪い合いでもあると考えるエルヴェーラは、アリスに負けまいとディーノに体を寄せてきた。


「待てエル。オレが刺されてもいいのか?」


 すぐにエルヴェーラから離れたディーノだが、周囲で立ち上がる男は複数見える。

 彼らもディーノと戦って勝つ事はできないと知りつつも、敵対意思はある事を示しているのだ。

 ジリジリと距離を詰めようとするエルヴェーラと一定距離を保とうとするディーノ。

 そして立ち上がったまま二人の様子を見る男の冒険者達。

 謎の膠着状態に入ると、他の職員に呼ばれたギルド長が姿を現す。


「おいエルヴェーラ。これはどういう状況だ?」


 その声にビクリと反応をしたエルヴェーラは、恐る恐るギルド長へと振り返ると苦笑いを浮かべて受付カウンターへと戻っていく。


「私の将来がかかっていると言いますか……そのぉ……」


「恋愛事にとやかく言うつもりはねぇがな、仕事に私情を挟むんじゃねぇ。わかったな」


「はぁい」と気のない返事を返すエルヴェーラはわかってはいないだろう。

 今日は大人しく引き下がるとしても、次回はまたディーノを誘いに来るはずだ。


「ディーノは早いとこ誰か一人に決めちまえ。じゃねぇといろいろと振り回される奴が出てくるだろうが」


「あー、うん。それもそうか。考えとく」と、恋人がいない事で言い寄られるのかと今更ながらに気付かされたディーノ。

 頭をボリボリと掻きながら、今までのそれなりに楽しい生活を変えていく必要がありそうだと少し考えを改める事にした。




 ルチア、ロザリアと共に戻って来たアリス。

 アリスは少し渋い顔をしているが、ルチアとロザリアは機嫌良さそうにディーノに声を掛けてきた。


「まずはあたし、ロザリアと、この小っこい方のルチアはこの間のブレイブパーティーに同行したんだ」


「ほぉ。そうなのか」


 この二人の見た目の良さから確かにマリオが誘いそうではあると思うディーノ。


「あたし達も酷い目に合ったんだし、元オリオンのメンバーとしてあなたに責任をとって欲しくてね」


「あー、やっぱり同行したいのか」


「そっ。アリスがいいならあたし達を断る理由はないと思うけど……それともあんた達の噂は本当って事かなぁ?」


 ロザリア達はアリスとディーノの関係について問い詰めたのだろう。

 アリスの口から男女の関係ではない事を聞き、アリスと同じようにブレイブに同行した自分達は断られないと確信したうえでディーノに話を持ち掛けてきたようだ。


「んー、アリスはこの二人とはどういう関係だ?」


「二人ともソロだし時々一緒してたわ」


 渋い顔をしたままのアリスはこの同行したいという意見に否定的なようだが、クエストに一緒に行っていたのであれば仲は悪くないのかと考えるディーノ。

 今ディーノとアリスの関係についてよく思わない者達がいろいろと噂をする中、噂を確かめようとアリスから真相を聞き出そうとした事も含め、そう悪い人間でもないだろうと結論を出す。


「一緒に行くのはいいけどオレ達が行くのはAA級クエストだぞ?金を稼ぎたいなら戦わせる事にもなるけどさ、それでもいいならついて来いよ」


「え、AA級!?あたし達BB級にだって同行した事……数えるくらいしかないのに大丈夫、かな」


 AA級クエストともなればパーティーの総合評価値120ポイントが必要だ。

 ディーノとアリスの二人で120ポイントとなれば、まだS級冒険者ではないアリスの分を差し引くと、ディーノのポイントが信じられない程の数値となる。

 これを知ればアリスが体を使ってでもパーティーを組んだと噂されても納得してしまいそうになるが、アリスの男嫌いを他の冒険者達よりも二人はよく知っている。

 この目の前の優男がS級冒険者の中でも最上位に位置すると考えれば、二人も同行すれば得られるものは大きいだろう。


「命だけは保証する。ま、最悪何もしなくてもいいけど」


 このAA級クエストはアリスの武器代稼ぎと訓練を兼ねたものであり、金に余裕のあるディーノにとってはただの付き合いのようなもの。

 アリスが一人で倒せばディーノは銅貨一枚もらうつもりはないのだ。


「よ、よしっ!とりあえず同行はできるなルチア!」


「やっとディーノと一緒できるね〜」


 喜ぶ二人とは違い、その後ろにいるアリスは二人の同行に不満そうな表情だ。

 せっかく新しい装備を買ってディーノにアピールできると思っていただけに、この美人である二人の同行はアリスにとって障害にしかならない。

 そしてシーフのロザリアとアーチャーのルチアはジョブの関係上軽装であり、アリスよりも露出が多いのだ。

 ディーノの視線が少しでもこの二人に向くと思えば、新しい装備の新鮮さが失われるようで悲しくなる。

 しかしディーノが冒険者仲間に手を出さないと考えれば問題はないのかと自分の矛盾と格闘する。


「でもなー、ハーレムパーティーか。今度はオレが叩かれそうだな」


 そんな言葉をこぼすディーノだが。


「ディーノは少し叩かれた方がいいと思うわ」


 先日聞いたディーノの女性関係から、少し常識的な倫理観を学ぶべきだとアリスは思った。

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