第46話 ブレイブの冒険

 目的地付近で野営をし、翌朝にはキリングラクーンを討伐する事にしたブレイブ一行。

 この日は四体のラクーンが畑を荒らしており、少し大きな二体と小さな二体という親子連れのラクーンのようだ。

「まずは私がどれだけ戦えるようになったか見てもらうね!」と張り切るソーニャは以前のラクーン討伐を振り返る。

 襲い来るラクーンを相手に必死に回避をしたあの日、ダガーで少しずつダメージを与えて動きが鈍くなったラクーンにトドメを刺したのだが、今ではディーノに教わったエアレイドによる必殺の一撃がある。

 あの日見たディーノの目で追えない一撃を再現しようと、ラクーンに向かって駆け出した。


「お、おい!待て!」と言うマリオの静止を無視して向かったソーニャはシーフらしくもない普通の走り。

 マリオ達からも見えるように少し回り込んで向かって行く。

 そしてマリオの声に気付いたラクーンは警戒を強め、親ラクーンの片方がソーニャに向かって駆け出した。

 互いの距離があと数歩となった次の瞬間、ソーニャの姿を見失ったマリオとジェラルド。

 走ったまま地面を滑るように倒れ込んだラクーンからは血が吹き出し、そこから十数歩以上も先に着地したソーニャは自分の一撃に驚いたのかダガーを見つめて首を傾げている。

 動かなくなった親ラクーンを見て、もう一体の親ラクーンが吠えるとソーニャに向かって駆け出す。

 襲い掛かろうと飛び上がったラクーンの着地点を予想したソーニャは二歩横に移動し、着地したラクーンが再びソーニャに飛び掛かった瞬間にバックステップ。

 それと同時に逆手に持ったダガーを振り下ろす。

 首筋を深く斬られたラクーンが地面に倒れて悶え、死を覚悟したのか血を吐きながら立ち上がったところに、エアレイドでの急接近から喉元へとダガーを突き立てた。

 ほんのわずかな時間で親ラクーン二体を倒したソーニャに、マリオとジェラルド、そしてレナータまでもが驚愕に震える。

 以前共に戦ったディーノを思わせる戦い、それどころかディーノをも上回るかのような鋭い攻撃を見せるソーニャは、S級冒険者と言われれば納得できるだけの強さを持つ。


 この状況を理解できずに親ラクーンへと近付く子ラクーン二体を横目に、ソーニャはマリオ達の元へと戻って来た。


「ねぇ、どうだった?私も結構強くなったと思わない?」


 笑顔を見せるソーニャは以前苦戦続きで泣いていたソーニャではない。

 マリオやジェラルドの想像を超える程の実力を身に付けた最強とも思えるシーフだ。

 これまで二人の知る最も強いと思えるシーフがディーノであり、まだ見た事のない他のS級シーフはそれ以上であろうとは予想していたのだが、ほんの十数日前までは戦いに怯えて泣いていたソーニャがこれ程までに成長するとは夢にも思わなかった。


「でもすごいのはこれかな?ディーノからもらったこのダガー……すごく斬れる」


 ディーノのダガーは、ザックが信用する有名な職人に作らせた業物であり、このダガーの為に大量のモンスターの魔核が使用されている。

 本来、傷をつける事さえできない程の防御力を持つSS級モンスターを相手に、攻撃力の不足するディーノが体力を奪い切るまでダメージを与えられたのはこのダガーがあればこそ。

 予備のダガーもメインダガーを元に知り合いの職人に作らせた物であり、性能はわずかに劣るものの、数多くの魔核を使用した為購入する事のできない業物でもある。


「ディーノのダガーが斬れるのは知ってるけどよぉ、ここまで強くなれたのはソーニャが努力したからだろ。すげぇわ」


 本当に別人のように変わったマリオはソーニャの戦いに感心し、自分も負けられないとばかりに剣を握りしめる。


「本当に見違えたな……その実力を見込んで俺を少し叩いてみてくれないか」


 ジェラルドの謎の頼みに首を傾げながら(戦いを前に気合を入れるのかな?)と思いつつ頬を叩くソーニャ。

 そのキレのある平手打ちにいい顔を見せるジェラルドは、盾を持ち上げてラクーンへと向かう。


「ソーニャ。この戦いが終わったらもう一発頼む」


「んん?んー、わかった」と返すソーニャと、「なんか嬉しそうじゃない?」と訝しげな表情を向けるレナータ。

 マリオは(やべーなあいつ)と思いつつもジェラルドの後を追う。


 親が殺された事にようやく理解した子ラクーン二体がジェラルドへと向かって駆け出し、同じようにジェラルドとマリオも走り出す。

 子ラクーン一体の飛び掛かりをプロテクションを発動しながら盾で受け、その質量を受け止めつつも腕力に任せて後方に押し返す。

 すぐ後ろにいた子ラクーンがジェラルドを越えてマリオに飛び掛かり、マリオはその噛み付きを左に躱し、方向を変えて飛び掛かろうとしたところにスラッシュを発動した左袈裟を振り下ろす。

 しかしその一撃を右前足の爪で跳ね除け、左前足を振り上げようとしたところでレナータの矢が子ラクーンの左目に突き刺さる。

 突然の痛みに仰反るようにして後方に倒れた子ラクーンは、叫び声をあげながらその場で悶え苦しむ。

 体勢を立て直したマリオは痛みに耐えるラクーンを無視してジェラルドが受け止めた方の子ラクーンへと接近。

 脇腹へと剣先を突き立ててすぐにバックステップ。

 ジェラルドに覆い被さっていた子ラクーンも痛みのあまり身を伏せ、マリオはその頭上から剣を振り下ろす。

 しかしその剣を横に転がる事で回避したラクーン。

 痛みに呻き声をあげながらマリオを見据える。

 左目の痛みに唸る子ラクーンが立ち上がり、そこへ手の空いたジェラルドは盾を振り上げて殴り掛かる。

 刺さった矢が揺れる事でその痛みに叫び声をあげるも、ジェラルドは盾を当てたまま子ラクーンを押し倒す。

 そして子ラクーンを踏み付けながら首元に盾を叩き付けると、苦しむ子ラクーンは横に転がってジェラルドを振り落とした。

 その背後ではマリオにもう一体の子ラクーンが襲い掛かるが、脇腹を刺されている為か動きが鈍い。

 左前足を伸ばせずにいるラクーンの左へと回り込み、すれ違いざまに左後足の付け根を斬り付けて即退避。

 これまで一撃で倒す事を好んだマリオだが、今はディーノのような回避と浅い一撃を振るう事で自身の隙を無くす事を選んだようだ。

 呻き声をあげる子ラクーンを無視してジェラルドが戦う子ラクーンへと目を向け、唸り声をあげる子ラクーンへとジェラルドが駆け出すと同時にマリオも追従する。

 立ち上がって怒りの咆哮をあげた子ラクーンに体当たりを食らわせて後方に押し倒したジェラルド。

 そこに跳躍したマリオが子ラクーンの首へと剣を突き立てた。


 残りは一体。

 左の前足と後ろ足が動かせない子ラクーンはその場に立ち上がり、唸り声をあげるとジェラルドへと無事な右前足を振り下ろす。

 それをプロテクションを発動しながら盾で受け、体の傾いた子ラクーンの首筋目掛けてマリオはスラッシュを発動して右袈裟に振り下ろす。

 完璧に入ったスラッシュにより、子ラクーンの首はズルリと滑り落ちた。


 マリオとジェラルドはこれまでとは違う戦い方をした為か息が荒い。

 BB級モンスターより劣るCC級モンスターを相手にしたとはいえ、これまでの戦いにはない何かを得られたような感覚が確かにある。

 これがソーニャの話にあった経験を積む感覚かと二人は目を向け合い、ここしばらく停滞どころか後退していた自分達の実力が少し高まった事に嬉しさを覚えた。




 ラクーン討伐が終わり汗を拭って一休みすると、ジェラルドは戦いの前に頼んだ事をソーニャに要求する。


「またほっぺでいいの?じゃあいくよ〜」


 ソーニャの平手打ちがジェラルドの頬を捉え、周囲に響き渡るパァン!という音。


「ありがとうソーニャ。最高だ」


 すでにヤバいセリフを吐くジェラルドだが、首を傾げるソーニャはよくわかっていないようだ。


「レナ。右肩を少し痛めてしまったんだが治してくれるか?できれば足で回復して欲しい」


「え、足で?できるけど……なんでわざわざ足で……」


「頼む」と言われればレナータも言われるままにジェラルドの肩に足を乗せて回復スキルを発動する。

 するとジェラルドは嬉しそうな表情を見せながら顔だけレナータの方へと向き直り、それを見たレナータは自分の今の体勢にふと気がつく。


「ちょっ、スカートの中!?このバカ!スカートの中見るつもりで足で回復しろって言ったの!?信じらんない!このぉ!変態ぃ!」


 回復スキルを発動していた足でジェラルドを何度も蹴るレナータ。

 それを恍惚とした表情で蹴られ続けるジェラルドは、レナータが蹴りをやめるまで否定するつもりはないのだろう。

「なんかジェラルド嬉しそうじゃない?」と問うソーニャに対し、マリオは「いろんな趣味の奴がいるからな」とだけ答えておく。


 しばらくして息のあがったレナータは蹴るのをやめ、ジェラルドは表情を戻してレナータの言葉を否定した。


「俺はそんなつもりで足でと頼んだわけじゃない。普段から弓矢を使うレナは両手が塞がってしまうだろ?だから俺の回復をする時はどんな時でも足でいい。背中だろうが、頭だろうが、顔だろうが好きな時に好きなだけ踏んでくれ」


 完全にヤバいセリフを吐くジェラルドにレナータは。


「覗いてたんじゃないならまぁ……いいか。戦闘中は言われなくても足で回復するし」


「ありがとうございます!レナ様!」


 ジェラルドが嬉しそうだしいいかと、気にするのをやめた。

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