第49話 洞窟へ

 今回の目的地である【ナディアクラ領】に着いたのはその日の昼九の時であり、日が傾いて空が赤く染まり始めた頃だった。

 四人はそれぞれ一人部屋を借りて荷物を置き、酒場で待ち合わせをしてこの日は軽く酒盛りをしながらナディアクラ料理を楽しむ事にした。

 この日は普段の旅とは違いアリスが酒をそれ程飲まない事が気になったディーノだが、以前の忠告をしっかりと理解したのだと気付くと少し微笑ましく思えてくる。

 ディーノのアリスに向ける目が優しくなり、それに気付いたアリスは女性として意識されているのだと勘違い。


「お前ら目で会話するなよ」


「噂通りではないとしても怪しいよね」


 微笑むディーノとそれに対して赤面するアリスを見れば二人もそう言わざるを得ないだろう。


「アリスはよく酔い潰れるからな。今日は少し飲む量を減らしてるようだし偉いなと思って」


 アリス程の美人でなくとも女性が男の前で酔い潰れるのはとても危険であり、仲間との酒の席でも注意するべきと考えるディーノはお兄ちゃんとして喜んでいるのだが。


「アリスが人前で酔い潰れる!?」


「それって覚えてないだけじゃないの!?」


 と、新たな誤解を生んでしまったようだ。

 その後アリスはロザリアとルチアに疑いの目を向けられる事になり、質問責めを受けた事による恥ずかしさからまた酒を煽って酔い潰れてしまう。

 結局ディーノが背負って宿の部屋まで運び、二人の誤解を解いてから解散となった。




 翌朝の朝食時には、アリスはディーノからまた酔い潰れるのはだめだと注意され、それを見たロザリアとルチアはディーノが兄目線でアリスを見ているのだと知る。

 それもそのはず、ディーノは「兄ちゃんは心配して言ってるんだからな。人前で酔い潰れるって事は云々……」と、自ら兄ちゃんと言いながらアリスを注意をしているのだ。

 これではアリスの恋も実らないだろうと少し可哀想に思う二人だが、当の本人は女性として心配されているのだとなぜか嬉しそう。

 兄ちゃんという部分はオレという言葉に変換されているのかもしれない。




 目的地となるモンスターの目撃場所はナディアクラから少し離れた山にある洞窟の中。

 普段は山の恵みを受けようと山菜採りに来る者もいるのだが、普段は小型の獣が居着いているだけの洞窟内に、モンスターが住み着いた事でギルドからの調査が入ったそうだ。

 目撃されたモンスターは【アローゼドラゴン】と呼ばれるここから遠く離れたアローゼ領で最初に発見された記録が残る竜種の成り損ない。

 リザード系モンスターの変異種とも上位種とも考えられているが、発見数が少ない事からまだ解明されていないのだが。

 今回討伐が成功して死骸を解析すれば、今後図鑑に記述される内容が変わるのではないかと思えばディーノも少し楽しみになる。


 洞窟があるという付近まで歩いて進んで行くと、次第に血の匂いが濃くなっていく。

 餌となる獣やモンスターを洞窟内に運び込んでから食べているのだろう。

 血の匂いの濃い方へと進めば洞窟へと辿り着けるはずだ。


 洞窟の入り口は岩場の裂け目に斜面となってできており、ディーノの身長の倍ほどもの広さがある事からかなり大型のモンスターでも入って行く事ができる。

 内部は聞いたところによると、しばらくは通路のようになっていてその奥側にひらけた空洞があるそうだ。

 ただし洞窟内は光源がない為暗く、松明が無いと全く見えないとの事で【光の魔具サリューム】を六つ持って来たディーノ。

 モンスターの魔核を複数組み合わせて作られた球状の物で、衝撃を与える事で一時程の間強い光を発する事ができる優れ物。

 自分一人であれば松明の一つもあれば充分なのだが、今回はパーティーでの戦闘となる為、まだ未熟と思える三人の視界を確保する為にも多く持ってきた。

 安いアイテムではないのだが、オリオン時代にもディーノはこれを戦闘前に多くばら撒いてからモンスターに挑んでいたのだ。

 ただ入り口から空洞までは距離があるだろうと松明に火をつけて進む事にする。


 血の臭いに吐き気を覚えながらもディーノを先頭に洞窟内の通路を進み、空洞のある最奥までたどり着く。

 真っ直ぐではなく少し右に曲がった位置に空洞の入り口があった為気付き難くはあったものの、すぐこの先には空洞が広がっている。


「まずはオレが入ってサリュームを適当にばら撒くから、光源が確保できたらアリスも入って来てくれ。ルチアは牽制、ロザリアはアリスの援護に回ってくれ」


「もう一度確認するけど本当にディーノは戦わないのか?」


 昨夜の夕食中にこの日の戦いについては少し話をしてあり、ディーノはアリスに戦わせて自分は援護をするだけの予定であった事、そして今回ロザリアやルチアがいる為、二人にその代役を努めてもらいたいと伝えてある。

 そして最悪の事態に備えてディーノは待機し、命の危機に瀕した際には助けに入るというのだが、ロザリアやルチアにとってはそれより早く助けてほしいと思うのだが。


「オレはギフトを贈るのとあくまでも死なせないように守るだけ。多少怪我しても助けに入んないからしっかり頑張れよ」


 ギフトを受け取る事ができるだけでも三人にとっては大きな助けとなるはずだ。

 ロザリアの場合は自分で制御できない常時エアレイド以上の素早さとなるが、モンスターを引き付ける為に動くだけであれば制御できなくともどうにかなるはずだ。

 最悪の場合には自身のエアレイドで回避すればいいだけである。


 ルチアはペインスキルの効果によってはヘイトを集めてしまう可能性もあるが、距離をとって戦うアーチャーであればそれ程心配もいらないだろう。


 アリスは風の防壁の強度と炎槍の威力が高まるが、前回のリッパーキャットとの戦いとは違い今回はかなり大型のモンスターが相手となる。

 走り回る速度はキャットよりも劣るものの、巨体から繰り出される攻撃動作は素早さに特化したシーフの速度をもってしても回避する事が難しい。

 それ程回避能力の高くないアリスの場合、アローゼドラゴンの動きを観察してある程度の予測をしながら防御や回避をする必要があり、炎槍による牽制も交えながら戦う事になるだろう。


「頑張ったら褒めてね!」


「この前みたいな相討ち狙いはだめだぞ」


 前に出たアリスの頭を撫でながらギフトを贈るディーノ。

 嬉しそうに目を細めるアリスの頭からその手はすぐに離れ、ロザリア、ルチアと握手する形でギフトを贈る。

 これが二人で来ていればもっと頭を撫でてもらえたのにと頬を膨らませるアリスだが、あとでしっかり褒めてもらおうと気を取り直す。


「じゃあ行ってくる」


 しかしディーノが空洞内に足を踏み入れると同時に頭上から飛び降りて来た巨体。

 足音すらしないしなやかな動きで着地し、ディーノへと腕を横に薙ぐとアリス達に振り返る。

『グアアァァオ!』とアリス達に向かって咆哮をあげ、その凶悪なまでの姿に萎縮するロザリアとルチア。

 アリスも背中に冷たい汗を感じながら魔鉄槍バーンを突き出し、炎槍を放つと危機を感じたドラゴンは後方へと跳躍してあっさりと躱してみせた。

 AA級モンスター【アローゼドラゴン】は細身の体ではあるものの、アリスがこれまで見てきたモンスターの中でも最大の大きさだ。

 対峙しただけでも息があがり、その恐怖に足が竦むもバーンを強く握りしめて空洞内へと足を進める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る