第42話 ディーノの友達
カルヴァドスでまた強めの蒸留酒を味わい、料理を堪能しながら以前気になった事を質問してみるアリス。
「ねえ。ディーノはこんないい店に普段は一人で来てるの?それとも誰かと?」
「ん?さすがにオレも一人では来ないよ。最初ここ紹介してもらったのは結構裕福な人だし、その人の繋がりでお偉いさん関係とは時々来るかな」
ディーノはソロ登録から二月程度の間にラフロイグで多くの有権者とコネクションを持つ事に成功している。
理由としては緊急クエストを多く受けた事にあるのだが、その依頼達成率が100パーセントともなれば有権者達も興味を持つのは当然の事。
ランクの高い依頼ではなくとも厄介なモンスターは多く、ディーノのような速度に特化した冒険者でなければ達成できないようなものが多かった事から、邸に招待されたり、またはカルヴァドスのような高級店でお礼も兼ねた食事に誘われたりと、一般の冒険者が入る事のない世界に足を踏み入れる事となった。
そしてカルヴァドスを紹介してくれた有権者は、この店に出資してくれた大の恩人という事で、オーナーもディーノの予約は優先的に受け付けてくれるのだ。
この日もマンティスクエストに向かう前に大体の日にちを伝えておいただけなのだが、店に入るとあっさりと個室へと通してくれた事から、数日間この個室を借り切っていたようなものだろう。
「でもここはディーノのご褒美店って言ってなかった?」
「ああ。その時は友達誘って来てるよ。友達とはここ以外にも普通の店でもご飯行ったりしてるしな」
ディーノの友達と言われてもそれが誰なのかはアリスにはわからない。
他の冒険者とは関わりを持とうとしなかったディーノであれば、冒険者でない事は確かだろう。
しかしディーノに好意を抱き始めたアリスにとってどうしても気になる事がある。
「ディーノの友達って女性もいるの?」
「もちろん」と何でもないように答えるディーノだが、アリスとしては少しおもしろくはない。
そして更に一歩踏み込んで「男女の関係があったりとかは……」と質問するアリスは顔を真っ赤にして酒の入ったグラスを見つめながらグルグルと回す。
「オレも正常な男だし、あったりなかったり……恥ずかしいなら聞くなよ」
真っ赤な顔にツッコむディーノだが、この回答に酷く落ち込むアリス。
この後は料理が喉を通らないかもしれないとさえ思えてくる。
「ま、恋人はいないけど」
ディーノに恋人がいないと聞くと少し気が紛れたアリスは、うーんとグラスを見つめたまま考える。
自分が今問いたいこの質問をして、ディーノと気まずくなるのが怖い。
しかし聞いたところでディーノは気にする事もなく答えるだろうと、意を決して再び質問をするアリス。
「恋人に、わ、私とか可能性はあったり?」
聞いた瞬間に顔を更に赤くするアリスにディーノは視線を向けて答える。
「アリスはオレが知る中でも一、二を争うくらいの美人だし、性格もまあ可愛いとも思う。だから一緒に……うーん、男が苦手なんだろ?無理すんなよ」
耳まで真っ赤にしたアリスにこれ以上意識して距離を取られても困ると思ったディーノは、話を途中で逸らしてしまう。
言葉の先を想像すれば可能性はありそうなものだが、最後まで聞きたかったアリスとしては興味なさげなディーノの態度は少し腹立たしい。
「そうだ。今度オレの友達を紹介するよ。男友達の中にはアリスを口説いてくる奴もいるかもしれないけどな」とカラカラと笑うディーノを見て、アリスは(絶対に女として意識させてやるっ)とグラスの中の酒を一気に飲み干した。
◇◇◇
翌朝。
ギルドで昨日の報酬を受け取ったディーノとアリスは、二日間の休みをとる事にしてディーノの友達巡りをする事にした。
一人ずつ順番に住む場所や働く場所を訪れては紹介され、商人をする男と土木業をする男に酒場で働く男、そして違う店ではあったが食事処で働く女が二人と商家で事務仕事をする女が一人。
全員別々に喫茶店や食事処で会って食事やお茶をしながら会話を楽しんだ。
この男三人に口説かれる事になったアリスはディーノの陰に隠れてこう答える。
「私はディーノが良くて……でもこの人全然振り向いてくれなくて〜」と、少し演技のようだが顔を少し染める程度でこれを回避。
友達と別れてから「オレをダシにして断るなよなー」と言われつつ、本当の事なのにと少し頬を膨らませながら次の友人の元へと歩いて向かう。
女三人からはディーノとどういう関係かと問われるも、冒険者仲間と答える以外にアリスには答えようがない。
そのうち一人はディーノに体を寄せていたが、必死に拳を握りしめて耐えたアリス。
そしてディーノは友達を選んでいるのではないかと疑ってしまう程の美人ばかりである。
アリスは紹介される度に泣きたくなる思いだったのだが、絶世の美女とも呼べるような美貌を持つアリスに対し、紹介される女性達も気が気ではない思いだったはずだ。
そして七人目に紹介された女性は裕福な商家に召し抱えられたメイドであり、この日はディーノと会う為に私服に着替えて喫茶店へとやって来た。
これまでの女性達よりも更に整った顔立ちをしており、アリスでさえ見惚れてしまうようなとても美しい女性だ。
「あの、はじめまして。冒険者のアリス=フレイリアです」
「はじめまして。私はミラーナよ。ディーノがこんな美人を連れて来るから驚いたけど……ごめんなさいね。実はディーノと私はこういう関係なの。うふふ」
ディーノの隣に座ったミラーナは腕に抱きついて肩に寄りかかる。
このあまりにも似合いすぎる美男美女の触れ合いに、アリスは少し目元に涙を溜めて拗ねてしまう。
アリスを一目見た瞬間にディーノに向けた好意がある事を見抜いたミラーナは、先制攻撃とばかりにディーノとの関係を見せつけたのだ。
「やめろミラ。アリスはそういった話が苦手なんだ。あ、おい、アリス泣くなよ。オレも友達を紹介しにくくなるだろ?」
アリスが泣き止むまで少し待ち、「実はな、オレが紹介してきた友人達は孤児院で一緒だった奴らなんだよ」と、ディーノはこのラフロイグにいる友人達の事を説明する事にした。
孤児院育ちの子供達は将来様々な生き方をする事になるのだが、他の家庭で育った子供達に比べても生きていくのが困難な立場にある。
世の中そう甘くはないと常々思うディーノにとっては、立場の安定しない冒険者もそう変わらないようにも感じているが。
孤児院で育つうちに奉公人として貴族に引き取られる者や、ミラーナのように裕福な者に引き取られる者。
子供のいない家庭に引き取られる者など、引き取られる事によって将来がある程度決まる者はほんのわずか。
それ以外は成人すると自分で食い扶持を探さなくてはならない為、様々な職業に就く事になる。
しかし身元が孤児院ともなれば立場上弱く、どの職業に就いたとしても給金は少ない。
店員や職人として働く事になったとしても住み込みという理由もあり収入はごくわずか。
長時間働かされる事も多く、休日もほとんど与えられずにただ生きていくだけの生活を送る者がほとんどだ。
給金の多い職業としては娼館で働く事であり、見た目の良い者の多くは男娼や娼婦として夜の街に生きる事を選ぶ。
しかし娼館で働く事ができるのは若いうちだけであり、ある程度年齢を重ねるまでに生涯暮らせるだけの金を稼ぐ必要がある為、給金が良くとも生活が豊かとは言い難い。
そしてごく少数ではあるものの、命をかけて大金を得られる職業とすれば冒険者だろう。
しかし孤児院育ちの子供達では武器を購入する事も難しく、冒険者になったとしてもまともに依頼を受ける事はできない。
相当な覚悟をもって冒険者になったとしても、初のクエストで命を落とす者は多くいる。
ディーノはたまたま兄と慕うザックが優秀な冒険者であった為に、最初から装備を手に入れる事ができたし、仲間のおかげもあってSS級冒険者パーティーにまで上り詰める事もできた。
運が良かったからこそ今の自分がいるのだとディーノは語る。
そして冒険者にはならず者も多く、孤児に対して暴力を振るってくる者も少なくなかった。
ザックがいたからこそ冒険者からの暴力はなくなったものの、それ以前は多くの者が冒険者達から被害を受け、時には乱暴をされる女の子もいたという。
更にはこの冒険者が落ちぶれた場合に行き着く先は盗賊であり、モンスターを狩る代わりに人を狩るようになった愚かで最低な人間達。
これらは冒険者時代からすでに犯罪紛いの事をしている場合が多く、その被害にあった孤児達も多い事から冒険者に対するイメージはよくはない。
ここでディーノの話をミラーナが引き継ぐ。
「私は運良く裕福な家庭にメイドとして引き取られたから、自由な生活、とは言えないけどそれなりに幸せな生活を送れているわ。でもね、引き取られる先によっては主人の慰み者になる子も少なくないの。まぁ、うちのご主人様は素敵な方でそんな事はなかったんだけどね。むしろ……奥様が強いからかもしれないけれど」
ふふふと微笑むミラーナだが、幸せと言いつつもその瞳には寂しさが浮かんでいるようにも見える。
「でね、ディーノが言ったみたいに孤児院育ちの私達の将来は明るいものではないの。孤児同士の結婚は国で認められていないし、自分の意思で結婚できる子なんてほとんどいないしね。それに生活が苦しかったり、自由を失ったり、自分の為に生きられる子は本当に少ないの。だから……」
ただミラーナの話を聞き続けているアリスに顔を寄せてこう告げる。
「私達は自由でいられる孤児院にいるうちに好きな相手と関係をもつの。自分の将来が誰かに決められてしまう前に」
アリスにとって孤児とは早くに親を亡くした子供達という認識でしかなかったのだが、彼、彼女らにはミラーナの言うように、好きな相手と結ばれないという絶望に近い将来が待っているのだ。
この意外な真実にアリスも言葉を失う。
目の前にいるミラーナはディーノに思いを寄せながらも結ばれる事はないと知り、どれだけ辛い思いをしたのだろう、どれだけ悲しんだ事だろうと、思わず涙がこぼれ落ちる。
「貴女を責めたいわけじゃないわ。ただ羨ましく思うだけ。少し意地悪をしたかったのよ。ごめんなさいね」
ミラーナの哀しそうな表情を見て首を横に振るアリス。
しかし涙を流すアリスをこのまま帰したくないミラーナは、ディーノに好意を寄せているならと少しまた意地悪をしてみようと考える。
「ま、そんなわけで……私とディーノは今も関係が続いているのっ。お互いに恋人ができたらおしまいなんだけどね〜。私もそろそろ縁談があるみたいだし、寂しいわ〜」
ミラーナはアリスを挑発しようとディーノに抱きついて頬擦りをする。
ピクンと反応したアリスは流していた涙を止めてミラーナを睨む。
それでも言葉は出てこないが、自分の意思だけでも伝えようと思ったのだろう。
だがミラーナとしてはアリスの言葉を聞きたいと、更にもう一押し。
「でももう少しこの関係は続くかもしれないわよ?」
ふふんと勝ち誇るミラーナにアリスも黙ってはいられない。
「縁談があるならもうその関係はおしまい!相手の男性にも失礼よ!」
立ち上がって大きな声をあげるアリスだが、ミラーナとしてはまだ少し足りない。
「でも〜、ディーノが私を求めてきたら?」
「ふぐっ」と声を詰まらせて涙をこぼすアリスに、ディーノもさすがにミラーナを諌めてやる。
「いい加減にやめてやれ。そもそもアリスはこういった話が苦手なんだ。そんな意地悪するとかミラらしくないだろ」
「あははっ。ごめんごめん。ちょっと揶揄いたくなっただけ。こんなつもりじゃなかったんだけど……でも好きだから。意地悪したくなる気持ちもわかってほしいな」
ディーノを見つめる目は真剣であり、こうも自分の気持ちを真っ直ぐに伝えられるミラーナをアリスはかっこいいと思ってしまう。
いずれディーノの事を諦めなくてはならないのにも関わらず、真っ直ぐに思いを伝えたミラーナを、女性として尊敬の念さえ抱くほどに。
「私じゃ彼とは住む世界が違いすぎるから……アリス、ディーノを守ってあげてね」
アリスに佇まいを整えて笑顔を見せるミラーナは、アリスから見ても本当に綺麗だった。
そしてアリスの耳元に顔を寄せて一言。
「それと、ディーノを誘惑するなら相談乗るよ」
この言葉に感情の浮き沈みも限界を迎えたアリスは、真っ赤な顔を揺らしてテーブルへとパタリと倒れ込んだ。
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