第43話 勘違い

 次の目的地、残りの三人と会う為にラフロイグの西区へと足を向けるディーノとアリス。

 この時点でアリスは嫌な予感がしたものの、ディーノの友達を全員把握しておきたいと文句を言わずに着いていく。


 歩きながらもミラーナやディーノの話の中で気になった部分を質問するアリス。

 友人達の普段の生活やどんな時にご飯に誘ったりするのかなど特に当たり障りのない話ばかりではあるが、ディーノはこの友人達を大事にしているようで嬉しそうに身振り手振りを加えて話してくれる。

 世の中甘くはないが、どの仕事が良い悪いでもなく、自分が今やれる事を精一杯やっている仲間達をディーノは誇りに思っているようだ。

 そしてこの仲間達の繋がりから、ギルドよりも多くの情報を得られる事もあると、自慢気に語っていた。

 嬉しそうに語るディーノを見て、アリスはまたここで一歩踏み出す事にする。


「ねぇ、ミラーナみたいな人は他にもいるの?」


「引き取られた子なら他にもいるよ。ラフロイグだと……」


「そうじゃなくて!ええっ、と、その、男女の関、係」


 この時点で顔を真っ赤にしたアリスだが、何も悪怯れる事なく答えるディーノ。


「あー、ラフロイグだと娼館以外ではミラーナだけだな」


「娼館にも行くのね……」


 娼館にもディーノの友達がいるのだが、向こうは仕事として、ディーノは客としてと考える事で気持ちを押さえ込むアリス。


「ここ最近会ってないけど王都にはいる」


 これに「くふぅ……」と声を漏らすも、「王都に行く時はその子にも挨拶に行くわ」と返すアリスだが。


「三人いるけど」


「え?は?ええ!?ちょっ……どうなってるの!?孤児院って淫らすぎない!?」


 驚愕の表情でディーノを見るアリスは、自身の理解を超えた状況に耳を疑ってしまう。


「全員が全員ってわけでもないけど普通だよ」


「それ世間一般的には普通じゃないから!全然普通じゃないからぁ!」


「そろそろこの話はやめよう、な?その真っ赤な顔で歩かれると目立つから。な、落ち着けって。苦手な話はしなくていいから」


 顔を真っ赤にして声を荒げるアリスに慌てて宥めるディーノ。

「ふうぅぅ……」と涙目になりながらも「明日またミラーナに会って来る」と呟くアリスだった。


 そして二人は目的地に到着し、歓楽街の娼館で働く三人を紹介したディーノ。

 男娼をする友人にアリスは「今度客として来てくれたらサービスする」と誘われ、娼婦二人にはディーノとの関係を問われつつ見学していかないかと誘われるも全て拒否。


 帰りにはディーノの顔面にアリスの拳が炸裂した。




 ◇◇◇




 その日のうちにギルドで昨日のクエスト報酬を受け取りに行ったディーノとアリス。

 アリスは生活費を残した以外の全財産を魔鉄槍の代金として支払っている為、懐事情が厳しい状況だったのだ。


 そして受け取った白金貨一枚と大金貨三枚。

 リッパーキャット討伐分が白金貨一枚にもなったのはアリスにとって思わぬ報酬だ。


 元々ソルジャーマンティス殲滅依頼はBB級クエストであり、殲滅に成功した事から追加報酬を含めて大金貨六枚となっている。


 ディーノもアリスと報酬を折半した事で同じ金額をもらっており、本来であればディーノが少し多くもらうところだが、このクエストでの戦いの密度を考えた場合にアリスはもっと多く受け取ってもいいと、ディーノはアリスに大金貨六枚も渡そうとしたのだが断られてしまう。

 アリスはマンティス殲滅依頼の全額を受け取るような真似はしたくないと、ディーノと折半という事でこの金額となったのだ。


 この日は少し落ち込んで見えるアリスにエルヴェーラは絡むような真似はせず、ディーノはアリスと臨時パーティーという形でAA級クエストを紹介してもらった。

 そして夕食を摂ろうとギルドを後にして酒場へと向かう。




 ギルドに程近い酒場では、一般市民も多くいる中、冒険者の姿も少なくない。

 彼らはディーノとアリスの姿を見ればつい視線を追ってしまうようだが、二人は気にする事なく空いている席について料理と酒を注文する。

 友達を紹介してから少し大人しくなったアリスを見て、「少し苦手な話をしすぎたか」と反省するディーノ。

 グラスを打ち付け合って酒を飲み、料理を食べながら明日の話をするアリス。


「ディーノ。明日もお休みなんでしょ?私、ファブ爺さんにお金払ってからミラーナに会って来るけど……娼館に行ったりしない?」


「ブフッ!ゲホッゲホッ……と、突然何言い出すんだアリス。行かねーしそんな頻繁に行ってるみたいに思うな」


 突然のアリスの一言にディーノは吹き出し、周囲にいた女性客からは冷たい目を向けられる。


「本当に行かない?」


「行かない。絶対行かないから信じてくれ」


 アリスの見つめる目が真剣であり、ディーノは何故か責められているような気になるが、実際アリスも責めるような視線を向けている。

 しかしディーノが信じろと言えばアリスにとっては信じられるような気がしてしまうのは何故だろうと、少し首を傾げて考えるアリス。

 この日は衝撃的な話を聞いてしまった事からディーノに対する不信感を覚えたものの、これまでディーノが嘘を言った事は一度もない事に気がつく。

 では今のアリスの問いに行かないと答えたディーノは、娼館に足を運ぶ事は絶対にないだろう。

 そして明日アリスが会いに行くのは、ラフロイグで唯一ディーノとの関係をもつミラーナであり、それ以外にディーノの相手はいないはずだ。


「うん、そっか。信じるわ」


「なんかアリスが怖え。もし信用できないんならギルドで朝から飲んでるけど……」


「信じてるから大丈夫。ん?ギルド?エルヴェーラ?エルヴェーラに会いに行くの!?」


「え、いや、なんでだよ。じゃあ……そうだ!本屋行って来るよ。図鑑買って来るから一緒に見ようぜ」


 ソルジャーマンティス殲滅の際に披露したディーノのモンスター知識。

 図鑑から学んだ知識をディーノとしては誰かと語り合いたいものであり、少し興味を示したアリスに買ってやろうと思っていたのだ。


「一緒に見るの?えー、隣で?」


「うんうん。隣じゃないと見れないし」


「じゃあ見る〜」と笑顔を見せるアリスにホッと一息つくディーノ。

 相当ストレスを与えてしまったのか、今日のアリスはおかしいと思いつつ、過去のある出来事を思い出す。


 ディーノが孤児院に住んでいた頃、仲のいい兄妹が親を亡くしてやって来た。

 妹は親を亡くした悲しみからか兄にいつもくっ付いてばかりいるような子で、兄もそんな妹を大事に可愛がっていた。

 最初こそ孤児院の子らに溶け込めずにいたものの、月日を追うごとに仲のいい友達が増えていく。

 そして兄と特別仲の良い女の子が現れると、兄妹で話す機会が次第に少なくなっていく。

 この時の大好きなお兄ちゃんが他の女に取られると泣いていた女の子を思い出し、アリスの時々見せる距離感や今日のこの機嫌の悪さ、今このアリスの態度にピッタリと当てはまる。


(そうか。アリスはオレを男として見たんじゃなく兄として見ていたのか……)


 それはそれで複雑だなとも思いつつ、アリスのこの態度に納得したディーノ。

 少し可愛がってやるかとアリスに手を伸ばし、軽く頭を撫でてやる。


「今日は無理させて悪かったな。アリスがああいう話が苦手だって知ってたのに……兄ちゃんも今度からは気をつけるよ」


 すると一気に顔を赤くしたアリスは体を強張らせてディーノへと目を向ける。

 優しい笑顔を向けるディーノの表情に思わず笑みがこぼれ、(兄ちゃんってなんだろう)と思いつつも頭を撫でられるのが嬉しいアリスだった。

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