第41話 恋敵
「お帰りなさいディーノさん、アリスさん。殲滅お疲れ様でした〜」
いつものように依頼達成を前提に挨拶をしてくるのはラフロイグギルド受付嬢のエルヴェーラだ。
「今回のは魔核が多いぞ。全部で百三個と……あとこっちも頼む。オレが倒したのがクイーンイーグルで、アリスが倒したのはリッパーキャット。これがその魔核だ。この二つもクエスト出てるんだろ?」
ジャラリと音を鳴らして魔核の大量に入った皮袋を一つと、ディーノとアリスが一つずつ魔核をカウンターに置く。
「さすがはディーノさん!と言うだけだと思ったんですがアリスさんも戦ったんですか!?リッパーキャットはAA級のモンスターなんですよ!?」
アリスがリッパーキャットを討伐したと聞けばエルヴェーラも驚くのは無理もない。
AA級モンスター討伐はS級冒険者であるディーノにさえも紹介する事はできないのだから。
裏ではエルヴェーラからディーノにAA級クエストが流されているものの、本来であれば合計120ポイントを超えるパーティーでなければ紹介する事はない。
「うふふ〜。ディーノがやってみろって言うから頑張ったのよ。ね、ディーノ」
嬉しそうに顔を綻ばせてディーノに顔を向けるアリスを見て、エルヴェーラは女の感が働きアリスの表情からその感情を読み取る。
そして瞬時にこの女は恋敵になり得ると判断したエルヴェーラは、アリスに相槌をうつディーノに小声で問いかける。
「ディーノさん。冒険者には手を出さないと言ってませんでしたか?」
まず疑ったのは男であるディーノの方だが、当の本人は首を傾げながら「そうだけど?」と答えてくる。
すぐさまこの二人の関係がどうあるのかを判断するエルヴェーラ。
「アリスさん聞きましたか?ディーノさんにそんな目を向けてはいけませんよ〜?」
笑顔を見せたまま敵意を向けるという高等技術を発揮するエルヴェーラに、男は苦手というアリスとはいえ感の鋭い女であり、その敵意に気付くと咄嗟に身構え声を落として問い返す。
「そんな目ってどんな目かしら」
「い・ろ・目!色目を向けてはディーノさんも困りますよ!」
「色目なんて使ってないわよ!そもそも私が男の人が苦手ってエルヴェーラも知ってるはずでしょ!?」
実際、ラフロイグギルドではアリスは男が苦手どころか、男嫌いという事で知られている。
アリスに好意を持った者がパーティーに誘ってくる事はあるものの、そう好んで誘ってくるような男性比率の高いパーティーはない。
しかしそんなアリスがここ最近ではS級冒険者であるディーノと一緒に行動を共にしており、このディーノという男もラフロイグでは全ての勧誘を断り続けたソロの冒険者でもある。
少し前まではソーニャがいたからこそ特に言われる事もなかったのだが、今では陰でいろいろと囁かれているようだ。
周囲でこの二人が共に行動をする事をよく思わない者達からは「男嫌いって嘘でしょ」「きっと体で誘ったのよ」「美人ってのは得だな」などとボソボソと話しているのが聞こえてくる。
この噂話が広まっている事をエルヴェーラも知っており、自分のディーノに対する好意も含まれてはいるものの、噂話をされている事を知らせる為にも注意喚起のつもりで話を振っている。
ソロの冒険者であるディーノならばまだしも、アリスは臨時という形ででもパーティーに参加しなければ、どのクエストを受けるとしても厳しいと言わざるを得ない。
今後ディーノとパーティーを組むとするなら問題はないのだが、それはエルヴェーラの私情もあって看過しかねるというもの。
とはいえ本人達が申請した場合にエルヴェーラに防ぐ手立てはないのだが。
周囲に目を向ければアリスに対する視線は優しいものではない事はすぐにわかる。
実力のあるディーノに同行するアリスに対して嫉妬の目が強く、悪意に満ちた視線としてアリスには届いている。
アリスが引き下がればまだ周囲からの当たりは緩くなるかもしれないが、強さを求め始めたアリスがここで引き下がるような事はしない。
「体で誘った、か……うふふ。それもいいかもしれないわね」
そう言ってディーノに腕を絡めるアリス。
周囲に笑顔を向けた後にエルヴェーラに向き直り、「忠告ありがとう」と言い残してディーノの腕を引いてギルドを後にする。
エルヴェーラからは丸わかりなのだが、アリスの顔は真っ赤に染まってこの状況に耐えられそうにはなかった。
(強気だなぁ)と思いながらアリスを見送るエルヴェーラは恋敵としては悪くないと考えを改める事にした。
自分が冒険者ではないというアドバンテージがあるエルヴェーラには、まだ少しだけ余裕があったようだ。
ギルドから出てすぐ近くにある細い路地に入るアリスとディーノ。
真っ赤な顔を両手で押さえてしゃがみ込むアリスは、恥ずかしさのあまり震えが止まらない。
「アリスは見た目に反してこういうの苦手なんだよな。男を手玉にとるくらいできそうなのに」
「う、うるさいわね!男の人が苦手なんだからしょうがないじゃない!」
男が苦手と言われた側のディーノとしてはいろいろと思うところもあったものだが、今では危険性の少ない男という認識はあるものとして把握している。
「この前抱き着いてこないっけか?」
「あの時は……あんなモンスターを倒した後だし、う、嬉しかったから勢いよ!でも人前で……腕に抱き付くとか……もうっ……はぅぅっ」
自分でやっておきながら悶絶する程に恥ずかしさを覚えるアリスは、顔どころか全身に至るまで赤く染まっている。
「その時々で違うもんなのか。男が苦手ってのも大変なんだな」
アリスが恥ずかしさに震えるのに対し、抱き付かれた側のディーノはいつもと変わらず何とも思っていないような表情だ。
そんなディーノを見て(なんで私ばっかり……もうこうなったら絶対に振り向かせてやる!)と決意するアリスだった。
それから少しして落ち着いたアリスに手を差し伸べたディーノは、「また今日もカルヴァドス行くか」と誘うとアリスも嬉しそうに立ち上がって歩き出した。
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