第40話 ディーノが跳ぶ

 マンティスの殲滅を終えて馬車に戻るまでに魔石を回収し、馬車で一息ついていると。


「あれ?あいつがいない!ちょっと行ってくる!」


 ディーノが言うあいつとは遠くから見下ろしていた鳥型のモンスターの事だろう。

 爆風を放って加速したディーノは速く、それを真似してアリスも後を追うが追い付く事はできそうにない。


 動けなくなっているとはいえまだ生きていたスパローの元へと到着したディーノ。

 それを頭から食い千切る巨大な鳥は【クイーンイーグル】と呼ばれるAA級モンスターだ。

 牛をも掴んで飛び上がれる程の巨鳥ではあるものの、機動力の低さからスパローを捕らえる事も難しいとされる残念なAA級モンスターでもある。

 飛行するうえ風属性スキルを使用する為討伐も難しいのだが、ディーノが相手ではイーグルといえども部が悪い。


 跳躍して距離を詰めてきたディーノに突風を放つ事で吹き飛ばし、スパローの一体を掴んで空へ向かって羽ばたく。

 着地したディーノは地面を駆け、再び跳躍すると、空へと舞い上がろうとするイーグルを追って空中を蹴って空を飛ぶ。

 一瞬だけ足元に作り出した風の防壁と元ある空気をぶつける事で足場とし、ディーノの跳躍力で追うという荒技ではあるのだが、イーグルの背後まで到達したディーノはそのまま背中へと飛び乗り、翼の付け根へとユニオンを突き刺す。

 掴んでいたスパローを放し、高度を下げ始めたイーグルは飛行を続ける事が難しいと判断したのだろう。

 地面に叩きつけられないよう痛む翼に耐えて空を舞う。

 ディーノはイーグルの背に乗ったまま地面に着陸するのを待つだけだ。


 地面に降りたイーグルは背に乗るディーノを払い除けようと風の防壁を広げて爆風を吹き放つ。

 後方に跳躍して着地したディーノはイーグルへと駆け出し、ディーノに向き直ったイーグルはその巨体からは想像もできないほどの速度で嘴を突き出してくる。

 それを横回転するように回避したディーノはすれ違い様にユニオンを突き刺し、首筋に深い傷を負ったイーグルは地面に倒れ込む。

 再び爆風を放つイーグルだが、それをユニオンで斬り裂く事で風を防ぎ、首筋に風を纏ったユニオンを振り下ろす事でトドメを刺した。

 ユニオンで爆風を斬り裂いたのは魔鋼としての能力であり風属性スキルではない。

 属性スキルによる事象を斬る事のできるユニオンならではの使い方だ。

 これもまたディーノが属性剣ユニオンを金額相応と捉える理由であり、使う者が使ってこそその性能は際立っていく。


 アリスが走って追い付いた時にはディーノは魔核を回収して保存の魔石を体内に仕込んでいるところだった。

 自分が死ぬ思いをして戦ったAA級モンスターを相手にして、息を乱すどころかほんのわずかな時間で倒して見せたディーノにはただ驚かされるのみ。

 自分との実力の違いを思い知らされるが、ディーノのステータスを知るアリスには納得できてしまうのもまた事実。


「さすがはS級冒険者ね。こんな巨大なモンスターでもあっさり倒しちゃうんだもの」


「そうは言うけどオレだってユニオンが無いとそこそこ苦労するんだけどな。本当、いい買い物したよ」


 ユニオンに付着した血を拭い、その刃の輝きを確認してから鞘に収める。

 そんなディーノの姿に、アリスも魔鉄槍バーンに目を向けてここ二日の戦いを思い返し、自分も本当にいい買い物をしたと改めて感じていた。

 まだ支払いは終わっていないのだが。




 二人がカンパーダ領へと戻ったのが夜一の時を過ぎた頃。

 カンパーダにあるギルドにモンスターの回収を頼んでから、前回と同じ宿に二部屋取る事にした。

「本当に一人部屋を二部屋でいいんですか?」と何度も尋ねてくる女将にディーノは「いいんです」と答え続ける中、「女将さんがそう言うならそうする?」と何故か乗り気なアリス。

 ディーノとしては手を出すような事はしないとしても女性と同室ではそれなりに気を使う為、溜息を吐きながらそれを拒否した。

 部屋に荷物を置くついでにシャワーを浴びてから夕食に向かう事にする。


 この日選んだ酒場はカンパーダ領でも最も繁盛する店の個室。

「今日もお疲れ様」とグラスを打ち付け合い、酒を煽ってこの日の戦いを振り返りながら料理を堪能する。


 アリスにとっても忘れられない戦いとなったリッパーキャットとの死闘に、その勝利の喜びからかアリスも酒がすすむ。

 ディーノもアリスが喜ぶだろうと話を盛り上げ、その時の心境なども聞きながら今日積み上げた経験を記憶の中に言葉として落とし込ませる。

 この自身の戦いを振り返る事はステータスを上昇させるにあたり有効な方法であり、ディーノは無意識的にアリスの戦いを振り返らせ、今後活かせる点や反省点などを交えながら戦闘における引き出しを構築させていく。

 自身の戦いを語る場合には誇張表現をする者が多い中、実際に行った本来の戦いを表現する事で多くが損失される知識という経験をも心身に刻み込むのだ。

 様々な戦闘状況を想定した戦いに備える為、ディーノは普段からこの復習を繰り返し行なっている事でもある。


 ディーノの話の誘導にも楽しそうに言葉を弾ませ、今後は突きだけではない斬る、薙ぐといった斬撃系の槍術も覚えて戦いの幅を広げたいと、アリスは更なる高みを見つめて笑顔を向ける。


 楽しい酒の席では羽目を外してしまいやすいものであり、体が疲れているのにも関わらず多くの酒を飲んだアリスは酔い潰れてしまった。

 テーブルに突っ伏したアリスの表情は赤く染まるも嬉しそうであり、とても幸せそうな寝顔だ。

 ディーノは残りの酒を飲み干してアリスを抱えて店を後にした。




 ◇◇◇




 翌朝目覚めたアリスはまたも知らない天井である事に驚き、体を起こして周囲に目を向ける。

 しかし部屋の中にディーノの姿はなく、安心したような、少し残念なような、切ないような気持ちがアリスの心の中を吹き抜ける。

 二部屋取ってある為、自分を寝かせて自分の部屋に戻ったのだとわかってはいても、起きた時に部屋にいて欲しかったなという思いが強いらしい。

 男が苦手と思っていた自分はどこに行ったのかわからなくなる程に、アリスはディーノに惹かれてしまったようだ。


 身支度を整えて朝食時。

 いつも通りの表情を向けてくるディーノに、昨夜もやはり何もなかったのだと察するアリス。

「飲んでもいいけど男の前で酔い潰れるのはよくないぞ」と注意をしてくるあたりは、アリスに対して意識していない事がよくわかる。

 この男をどうすれば自分に振り向かせられるのかと考えながらパンを咀嚼するアリスだった。

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