第39話 殲滅

 その後、アリスとリッパーキャットの戦いに、ディーノの出番が訪れる事はなかった。


 殺意を放ちながらもまだ戦いに余裕のあるリッパーキャットに対し、命の危機に晒され続けて体力が限界に近いアリス。

 しばらく睨み合いが続き、緊張により体力の限界が訪れたアリスに襲い掛かったキャットは、これまでと同じく防壁への体当たりからスラッシュを温存して攻めて来た。

 判断の鈍ったアリスは足の痛みもあって回避行動が取れず、弾き飛ばされた後にスラッシュで防壁を切り裂かれた。

 しかし、起き上がったところに接近されたアリスは絶体絶命の危機に陥るも、ここで逃げるという選択を捨てて相打ちを狙い、バーンを短く構えてキャットが噛みつこうとした瞬間にその胸元を炎槍で貫く。

 ディーノもこの一瞬の出来事に助けに入っていたのだが、体力も気力も限界に達していたアリスは、キャットが接近し、トドメを刺そうとするその最後の隙を狙って倒してみせたのだ。

 ディーノでさえも予想しないこの逆転劇に、臆病に見えたアリスの本当の強さを垣間見る事ができた。


 地面に伏して血溜まりを作るキャットを見て勝利を確信したアリスは笑顔をこぼし、ふらりと体が傾いたところをディーノが受け止めて支える。


「アリス、お疲れ様。よく頑張ったな」


「えへへ。なんとか勝てたわね……ねぇ、頑張ったんだからもっと褒めてよ」


「おぅ、アリスはすごいな。自分より格上のモンスター相手に一人で戦って勝ったんだ。アリスは自分の強さを誇るべきだ。一緒にいたオレも仲間として誇らしい気分だよ」


「ふふ。嬉しい」


 アリスはディーノがソーニャを褒めるところを多く見てきたせいか、ディーノに褒められたいと常々思っていたようだ。

 ディーノに褒められると嬉しそうに顔を綻ばせ、そして喜ぶ勢いに任せて腰に抱きつく。

 顔は血の気が引いている為か顔が赤くはなっていないのだが、恥ずかしさのあまりディーノの胸に顔を埋めるアリス。


「でも最後は本当に危なかったんだ。あんな戦いは今後は禁止な。オレの心臓が止まっちまう」


「えー、私の冒険者としての覚悟を見せたつもりなのにー」とぼやきつつも今この時だけはとディーノにしばらく抱きついていた。

 ディーノからすれば男が苦手なアリスがくっ付いて来たとしても、命の危機に瀕して興奮のあまり判断がつかなくなっているのだろうと特に気にする事もなかったが。




 その後、鳥型のモンスターが向かって来ない事からリッパーキャットの処理を済ませて魔石を回収。

 馬車まで一旦戻ってアリスを休憩させ、ディーノは昨日のマンティス狩りの続きを初めた。

 休憩中のアリスはというと、ディーノに抱きついた事に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして馬車のベッドでゴロゴロと転がっていた。

 そして恥ずかしさに耐え切った頃、ディーノの何ともない表情を思い返すと、何故か悲しいような腹立たしいような何とも言えない気分になる。

 男が苦手だと自分で思っていたにも関わらず、この短期間を一緒に過ごしただけのディーノに対して感じるもの。

(意識してるのは私だけみたい……)と、アリスも自分が抱き出した好意に気付いてしまったようだ。


 一方、ディーノは黙々とマンティス狩りに精を出す。

 草むらを掻き分けて進み、マンティスを見つけては跳躍して一撃で倒す。

 ただひたすらにそれを繰り返すのみ。

 正面から挑めば多少なりとも倒すのに時間は掛かってしまうが、少し反応の鈍い虫系のモンスターは奇襲からの一撃がやはり効果的なのだ。

 昼五の時まではアリスに休んでいるよう言ってあり、ディーノは昼までに三十四体ものマンティスを狩り続けた。




 そしてディーノは昼食を取ろうと馬車に戻ると、今朝用意しておいたスープとパン、干し肉と干し果物を準備していたアリス。

 体力も全快とはならないものの、ある程度は回復できたようだ。

 汲み置きしていた水で手を洗い、食事をしながらマンティス殲滅に向けた進捗状況を話し合う。


「昨日は五十二、今日が三十四でここまで八十六匹倒したわけなんだけどさ、まだ雄しか倒してないからこの後は雌も倒す事になると思う」


「そうなの?見分けなんてつかないけど」


「雌はめちゃくちゃでかいからすぐわかるよ。個体数は少ないけど卵を守りながら雄を食ってるはずだ」


「雄を食べるの!?」


「雄の餌が小型の……」と説明を始めるディーノ。

 前世代のソルジャーマンティスが全て死に、卵が孵ると二百匹程のマンティスが生まれ落ちる。

 雌が産み残す卵の数は決まって五つであり、合計千体ものマンティスが生まれてくるのだ。

 その中のほとんどが雄であり卵一個につき二匹程の雌が生まれるのだが、マンティスは雄が周囲にいる小型の虫系モンスターや同じ雄のマンティスを食いながら成長する中で、雌はマンティスだけを食べて成長していく。

 雌は周囲にいるマンティスを食べる為、生まれる数は多いとはいえ限られた食料しかない事になる。

 そしてこの雌の数が少なかった場合や、偶然にも生まれて間もない頃に他の雌を食べてしまった場合に、今回のようなマンティス殲滅の依頼が出る事になる。

 雄同士の共食いは周囲に食料がない場合に行われる為、雌が多くの雄を食べなければその数は減らない事になり、行動範囲を広げたマンティスはやがて雌に食べられる事もなくなる。

 ただし、雌が人間には理解できないような何か手段を用いる事で誘き寄せる事もあるのだが。

 今回も雄の消費量が間に合わず、雄が行動範囲を広げてきた事で殲滅依頼が出たというわけだ。

 今このままディーノ達が撤退した場合、雌のマンティスは残った雄を食べ切る事ができる為、食料が無くなった雌もやがて死ぬ。

 殲滅しなくとも問題はないのだが、ここは人が通る場所であり、次代のマンティスが産まれればこの周囲を埋め尽くす程のマンティスが産まれる事になる。

 ここは卵まで焼き払って殲滅依頼を達成するべきだろうというのがディーノの考えだ。


「詳しいわね。S級冒険者ってみんなそうなの?」


「オレの場合はガキの頃に兄貴から買ってもらったモンスター図鑑でいろいろ知ってるだけで、普通こんなの知らなくても別に問題ないだろ?だからみんな知らないだろな〜」


 ディーノが言うように知らなくとも問題はないかもしれないが、この知識があるとないとで攻め時や引き際などの状況判断にも繋がる為、ディーノとしては覚えて良かったと思える程には役に立っている。


「私も勉強しようかな。知ってたら役立つ事も多いと思うし」


「お、興味あるか?じゃあオレが今度買ってやるよ。モンスターの事知ってても話せる相手がいないのはちょっと寂しくてな。マリオになんて気持ち悪いとか言われたし」


 カラカラと笑うディーノはモンスターのオタクのようなものかもしれない。

 気持ち悪いと言われる程の知識ともなれば相当なものだろう。


「よし、そろそろマンティス依頼終わらせるか。あと一時くらいで終わらせれば夜までにはカンパーダ領に戻れるしな」


「早く帰ってシャワー浴びたいわ。頑張って終わらせましょ!」


 二人は待たせておく馬を撫でてからマンティスの殲滅に向かった。




 その後雄を十三体ずつ討伐し、山の麓に立つ大きな木の前に鎮座する雌を発見する。


「本当に大きいのね。雄の三倍くらいあるんじゃない?」


「んん、それでも強さはそんなに変わらないからな。倒すだけなら難しくはないしアリス頼むよ。オレは卵燃やしてくるから」


 適当にその辺に落ちていた木を拾って布を巻き、油をかけてアリスに火を付けてもらう。

 卵はどうやらマンティスの背後にある木に産み付けられているようだ。

 ディーノが駆け出し、それを追うようにアリスも駆け出すと、雌のマンティスはディーノへとその前足のカマを振り下ろす。

 ディーノはあっさりとそれを回避するとマンティスの頭を踏み台にして木の枝へと跳躍。

 一つ目の卵に軽く油をかけて火を付ける。

 ディーノに振り返った雌マンティスに接近したアリスは駆け込んだ勢いを乗せた突きを放ち、炎槍によって一撃でマンティスを討伐。

 あとはディーノが全ての卵を燃やして魔石を回収すれば依頼完了となる。


 ディーノが卵を燃やしている間に雌マンティスから魔石を回収したアリス。

 合計五つの卵を燃やしたディーノは地面へと降り立ち、アリスと拳を打ち付け合って「お疲れ様」と互いを労った。

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