第38話 アリスの戦い

 夜が明けて赤い日差しが山を照らし始めた頃。

 昨夜少し早く眠りについたアリスが馬車で装備を着込んでいると、焚き火の前で膝に顔を置いたまま眠りについていたディーノも目を開く。

 小さくなった火に焚き木をくべて、朝の準備を開始する。


「おはよアリス。片付けたらすぐに昨日の場所まで行こうか。朝食は寝る前に用意したから温めればすぐ食えるよ」


 持って来ていたパンに干し肉とチーズを挟んであり、一つをアリスに渡してスープを温めるディーノ。

 野営では料理を担当するシーフである為、ディーノの手際の良さはわかるのだが、野営の準備やその他もろもろ馬の世話まで全てやってくれる。

 これまでソロで活動していた為か、どの作業も手際がよく、アリスが手伝ったとすれば焚き木を拾って来た事くらいだろう。

 アリスも野営をした事はあっても臨時パーティーでの野営であり、いつも手伝いという形でしか作業はしていない。

 今後はディーノから習おうと思うアリスだった。




 昨日のマンティスと戦っていた付近に近付くと、モンスターの声らしきものや、バサバサという翼の音が聞こえるてくる。

 馬車に乗ったままあまり近付くと気付かれてしまう為、少し離れた場所に馬車を停めて歩きで移動する事にした。


 マンティスの死骸を放置した場所までたどり着くと、マンティスよりも一回りは大きな体を持つ鳥型のモンスター【ピアースパロー】が、八羽程鳴き声をあげながら死骸を啄んでいる。

 そして目を凝らして周囲を見回すと、少し離れた位置ではスパローを狙う猫型のモンスターが目を光らせている。

 飛び掛かるタイミングを見計らっているのだろう。

 そしてここから離れた高い山にも巨大な鳥型と思われるモンスターも見える。

 おそらくはこちらもスパローを狙ったものであり、猫型のモンスターの存在にも気付いているはずだ。

 エルヴェーラが選んだ本命がどちらのモンスターかはわからないが、どちらにしてもAA級のモンスターである事は間違いない。

 ディーノは草むらに潜んだまま、アリスに顔を寄せて小声で話し掛ける。


「アリス。たぶんあそこに隠れている猫型のがスパローに襲い掛かれば、向こう……見えるか?あのデカいのもこっちに来ると思うんだ。たぶん二匹共AA級のモンスターなんだけどどっちやりたい?」


「ええええええっと……え?AA級って本当に!?私がそのどちらかと戦うの!?」


(近い近い近い近いっ!!)と動揺しながらもAA級モンスターと戦わせるつもりでいるディーノに本気で言っているのかと問うアリス。


「うん。たぶん大丈夫だとは思う。ただ飛行モンスターは結構大変だからなー、オレが向こうのやるか……猫ならアリスもリノタイガーと戦っただろ?あれより強いだけだしギフトも渡すからやってみたらいい」


 攻撃力だけであればアリスの炎槍でも充分に戦う事はできるだろうが、風の防壁の強度がリノタイガーが相手だったとしてもまだ少し心許ない。

 アリスが回避にもっと慣れていればそれでも問題はないのだが、これまで後衛のウィザードだった為まだまだ回避は甘いのだ。


 ディーノの方はAA級モンスターが相手でも属性剣なしで戦ったとしても負ける事はない。

 ただアリスの安全を確保しながらの戦闘ともなれば、通常戦闘ではもしもの時に助けに向かえなくなってしまう為、風の事象による補助は必要だろう。

 アリスにギフトを渡して半分の魔力になったとしても、風の加速や普段よりは薄い防壁などでもディーノの技術をもってすれば問題ない。


「ギフトが受け取れるなら……うん、やれるわ!そう簡単には倒せないかもしれないけど、ね」


 そう答えるアリスではあるものの、今回はディーノも確実にアリスが勝てるとは思っていない。

 BB級モンスターとAA級モンスターとではその強さは比べ物にならず、今のアリスのステータスでは四人パーティーでもない限りは絶対に挑んではならないようなモンスターだ。


 羽ばたく音に紛れてジリジリと距離を詰めていた猫型のモンスターがスパローの一羽へと襲い掛かり、一瞬でその翼へと噛み付くとすぐに次のもう一羽へと飛び掛かる。

 二羽目、三羽目と仕留め、その重さから飛び立つのが遅いスパローに跳躍して四羽目、それを踏み台に五羽目までを強靭な爪で引き裂いて地面に落とす。

 体の大きさの割に小さめの翼となるスパローは羽根の一部を傷付けられるだけで飛び立つ事ができなくなり、着地した猫型のモンスターは一羽ずつ動き回れないように足を噛み砕いていく。

 残る三羽には逃げられてしまったものの、五羽も獲物を捕らえる事に成功した猫型はそのうちの一羽を噛み殺して食事を始めた。


「【リッパーキャット】か。あれはスラッシュ使ってくるから絶対に避けろよ。オレは以前あれに殺されかけた事あるからな」


「これから戦おうとしてるのに不安にさせないでよ……」


 リッパーキャットの体の大きさから考えれば一羽を食べ終えれば食事は終わりだろう。

 他に仕留めた四羽は動く事ができなくなったものの生かされており、今後の食料として捕らえたものと考えられる。

 そして遠くからスパローを見下ろすモンスターはリッパーキャットが食事を終えて一休みするのを待っているのかもしれない。

 そしてそれはアリスも同じ事であり、キャットの警戒が緩んでいるところを仕掛けるつもりだ。

 食事を終え次第アリスはキャットに挑む。


 血を啜り肉を噛みちぎりながら食事を楽しんだキャットもそろそろ満腹だろう。

 スパローから顔を離してその場に横たわり、口周りについた血を舐め取っている。

 ディーノが警戒する鳥型のモンスターは動き出す事はなく、キャットに挑むとすれば今がチャンスだろう。


「行ってくるわね。フォローお願い」


 アリスは魔鉄槍バーンを握りしめてキャットへと走って向かう。

 ディーノもいつでもアリスを助けられるよう移動を開始。


 向かってくるアリスに気付いたリッパーキャットは横たえていた体を起こし、ゆっくりとした動作でアリスに向き直る。

 キャットの視線が自分に向くと同時に浴びせられた殺意に、アリスは逃げ出したい程の恐怖を覚えるもバーンを構えてさらに加速する。


 アリスの炎槍の間合いが届こうとした瞬間に横へと移動を始めたキャットは素早く、アリスは急停止して視線で追いながら体の向きを変えてバーンを構え直すも、キャットは移動方向から切り替えしてアリスへと接近。

 速度という有利を失ったアリスと向かって来るキャット。

 キャットの飛び掛かりを左方向に足を運ぶ事で回避しようとするアリス。

 風の防壁に阻まれて少し向きを変えられたキャットは、着地と同時に振り返って左前足からスラッシュによる横薙ぎの引っ掻き。

 驚く事に風の防壁が切り裂かれてアリスへと風圧が届くも、構え直してキャットの動きに備える。

 アリスは下手に攻め込まずにキャットの動きに合わせて戦うつもりだろう。

 攻撃の一手は自らの隙を生む事にも繋がる為警戒しての判断だ。


 唸り声をあげながらアリスに歩み寄るキャットは髭を動かしながら防壁の境目を探している。

 視線はアリスへと向けられ、アリスの槍の向きにも警戒しながらゆっくりと歩み寄る。

 警戒を続けるアリスには攻撃を選択しないと判断したキャットが一気に加速し、風の防壁へと直撃すると再びスラッシュで防壁を切り裂き、その切れ間を突き進んでアリスへと肉薄。

 再び左方向へとステップしてキャットと距離を取ろうとするアリスに左爪が振るわれ、それをバーンで受け止めるものの尋常ではない力によって弾き飛ばされた。

 地面を転がって起き上がると目の前にはキャットはおらず、見失った事から視線を横方向へと移動させると頭上から黒い影が迫り、跳躍していたキャットがアリスへと襲い掛かる。

 この絶体絶命の危機にディーノはアリスへと接近しており、キャットの下を抜けてその一撃を回避。


「アリス。AA級にもなると凶暴さが更に増すんだ。悠長に構えてると攻め切られるからある程度は反撃しろ」


 アリスをキャットから離れた位置へと立たせたディーノは再び距離を取って戦いを見守る。

 先の一瞬で死を覚悟したアリスは全身から汗が噴き出し、頭が痺れて息も乱れるが、バーンを構えて再びキャットに備える。

 一瞬で目の前から消えたアリスに苛立ちを覚えたのか大きな唸り声をあげて歩み寄るキャット。

 一吠えするとそこから駆け出し、アリスに向かって加速すると風の防壁へとぶつかり、その勢いにアリスの方が弾き飛ばされてしまい、後方に転がって立ち上がるとまたキャットを見失う。

 先の展開から再び上かと視線を向けるもそこにはおらず、アリスの右方向から突風と共に接近したキャット。

 スラッシュにより防壁を切り裂いて接近したキャットに、前方へと駆け出すようにして回避行動に出たアリスは右足を地面に着いたところで振り返り、バーンを後方へと向けたまま炎槍を放出。

 アリスに追従しようとしたキャットが咄嗟にその炎槍を避けるも右の首筋をわずかに掠め、その熱と痛みに呻き声をあげて後方に飛び退いた。


 この一瞬の命の駆け引きにアリスの体力は削られ、呼吸は激しく乱れて汗が止めどなく流れ落ちる。

 しかし戦意を失う事なく構えたアリスは次のキャットの動きを警戒しながら、風によって汗を払い呼吸を整えようと大きく息を吸い込む。


 焼け爛れた首筋の痛みに耐えたキャットは怒りの唸り声をあげつつアリスへと向き直り、咆哮をあげて殺意を飛ばす。

 その殺意に痛みまで感じる程の恐怖を覚えるものの、歯を食いしばってキャットへと立ち向かう。


 駆け出したアリスに合わせてキャットも真っ直ぐにアリスへと向かい、風の防壁に衝突した瞬間にアリスは右方向へと一歩踏み込む。

 防壁への体当たりから再びアリスを弾き飛ばそうと考えたキャットはその勢いを逸らされ、前足を着いた瞬間にその方向を切り替えしてアリスを追おうとするも、体勢を整えたアリスがバーンを突き出すと同時に炎槍を放つ。

 それを横に倒れ込むようにして回避したキャットは地面を転がり、体を起こして再びアリスへと向かう。

 これはアリスの火属性スキルにも再使用時間があるとわかっていての行動だろう。


 本来ウィザードの使う魔法スキルは再使用時間が短く、出力の高いものでなければ連続使用も可能だ。

 しかしアリスの炎槍は風の防壁のような連続使用が可能な魔法とは違い、一撃必殺となるようなスキルである為、再使用までには少し時間が掛かる。


 風の防壁をスラッシュによって切り裂くと、キャットは体を低く伏せた状態でアリスへと接近し、後方へとバックステップしたアリスに追従して足を引っ掻こうと右前足を振り下ろしたところをバーンでガードする。

 しかしその一撃は重く、まだ槍での戦いに慣れないアリスの防御では耐えられるものではない。

 耐刃性のあるスカートにも関わらず膝下から切り裂かれ、ブーツに入っている脛当てで傷を負う事はなかったものの、衝撃までは防ぐ事はできない。

 着地した瞬間に足に痛みを感じるもののそれに耐え、防壁を再び展開して更に追おうとするキャットに炎槍を放つ。

 鼻先を掠めたもののダメージとしては低いだろう、下顎の毛が焼かれた程度であり、その焼けた毛の匂いに不快そうに顔を拭うも怒りのままにアリスへと唸り声をあげている。

 スキルの再使用時間が把握されてしまったが、警戒心は更に高まったはずだ。


 高鳴る心臓に乱れた息、それ程長い時間の戦闘ではないとはいえ普段よりも遥かに長い緊張から、アリスの体力もそろそろ限界に近い。

 それに対してリッパーキャットは首筋に大きな火傷を負った以外にはダメージがなく、体力もまだまだ残っているはずだ。

 ディーノはどのタイミングでアリスの代わりに戦うべきかを考えながらも、遠くから未だ見下ろすモンスターに警戒を続けている。

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