第37話 ソルジャーマンティス

 カンパーダ領を出てさらに南へと馬車を進める事半日以上。

 ようやくソルジャーマンティスが出没するという草原地帯に到着した。

 周囲にはマンティスの姿は見えないものの、この先にある山の麓まで行く前には遭遇できるだろう。

 一度ここで昼食を摂ってから向かう事にした。


「今回はマンティス殲滅の依頼だけどな、この辺には結構危険なモンスターもいるらしいから気を付けろよ。もし予想外の事が起こったら即撤退して体勢を立て直す」


「うん。でも撤退の判断は付かないからディーノがお願いね。私は自分が出来る事をやるので精一杯だと思うから」


 アリスは魔鉄槍バーンを手に入れたばかりであり槍での戦いにも慣れておらず、この状態で数多くのモンスターと戦うとすれば魔力切れを起こす可能性もある。

 ディーノの予定ではアリスには三割程を倒してもらおうと考えているが、魔力次第ではもう少し減らす場合もある。

 だが必ずしもこの日殲滅する必要もない為、焦らずに行くべきだろう。




 昼食を終えて街道にはみ出た草を払いながらしばらく進んで行くと、一体のマンティスが餌となる巨大な虫を食っているところに遭遇する。

 馬車に気付いたマンティスは食べていた虫を捨て、羽根やカマを広げて威嚇行動に出る。


「単体としては強くないから心配はしてないけどさ。注意するとしたら捕まると死ぬかなーくらいか?」


「死ぬんじゃない……でも風の防壁があるから平気よね」


「たぶんな。アリスは距離保ったままフレイム一撃で簡単に倒せるはずだ。オレはどうしようかな。あいつら頭斬っても死なないし」


 マンティスは実際に頭が無くても動き回る事ができるモンスターなのだ。

 人間と同じだけの大きさを持ちながら、頭が無くても動き回る様はなかなかに気味の悪いものである。


「気持ち悪いわね……でも私は焼き殺せばいいのね?」


「うん。まずは一体だしフォローするからやってみろよ。出力は普段の火炎球程度でいいと思う」


「わかった!」とバーンを構えてマンティスへと近付いて行くアリス。

 威嚇しながら右へ左へと体を傾けているが、少し距離がある為攻撃を仕掛けてくる事はない。

 炎槍が届くであろうアリスから歩いて五歩程の距離でバーンを突き出すと、瞬時にカマを振り下ろすマンティス。

 バーンを払い下ろしてカマが引っ掛かると、アリスを引き寄せようと体を伏せる。

 これを危険と判断したアリスはすぐさま横方向へと体を運び、バーンの先端をマンティスに向けると同時に炎槍を放つ。

 マンティスは首の付け根から炎に貫かれてその場に崩れ落ちた。


「危なかったぁ!」


「モンスター相手にゆっくり行くなよ……」


 マンティスが前に出て来ないからとゆっくりと近寄ったのが仇となったようだ。


 そこから見渡すと、周囲にいくつも草むらの中で何かが蠢いており、その揺れる草の範囲の大きさから全てがマンティスではないかと思われる。


「これは殲滅が難しいかもな。隠れた敵と戦う事になりそうだ」


 それでもアリスがやる事は変わらない為、次のマンティスを倒そうと草を掻き分けながら進んで行く。

 ディーノも他の草が蠢いている場所へと向かい、跳躍から狙いを定めた一撃で下にいたマンティスを頭から正中に斬り裂いた。

(これは跳躍から狙った方が楽だな)とディーノは次のマンティスに向かって行く。

 背後に目をやればアリスも食事中のマンティスを倒したのか嬉しそうにバーンを掲げており、余程の事がなければ心配もいらなそうだ。




 それから二時程も狩り続けた二人はこれまでに合わせて五十二体を倒しており、目安となっている百体まであと半分となっていた。


「順調に倒せてるけど疲れるわね〜」


「まあな。でも焦りは禁物な」


 五十二体のうち二十体程も倒しているアリスの額には汗が浮かんでおり、魔力の消費よりも慎重に行動している事が体力を奪う原因となっているようだ。

 しかし慣れない近接ではこの慎重さは必要不可欠であり、ここで勢い任せに行こうものなら命を落とす確率が跳ね上がる。

 ディーノは元々がシーフであり斥候が得意な為、忍耐力も他の冒険者よりも高い。

 慎重に狙いを定めて飛び掛かるのは得意中の得意でもあるのだ。


「今日は魔核の回収して終わりにしよう。地図にはここより先に川が描いてあったからそこで野営な」


「死骸はどうするの?」


「虫系は基本的に放置か焼却だな。草原焼き払うわけにもいかないし今回は放置で」


 特殊な用途の物以外は虫系のモンスターは素材として使うところがないのだ。


「それだと他のモンスター寄って来ない?え、ちょっと何その顔……もしかしてそっちが狙い!?」


 アリスの問いかけにニヤリとしたディーノ。

 マンティス殲滅依頼が今のディーノとアリスに必要なクエストかと考えた場合に、アリスの成長を促すには少し足りないなと感じでしまう。

 エルヴェーラはディーノがその時々で求めるクエストを提示してくる為、今回はアリスとディーノの二人でのクエストとしては向いていないような気がしてしまうのだ。

 そうと考えれば危険なモンスターの多いこの場所には、ディーノが求めるようなモンスターが生息している可能性が高い。


「たぶん今回のは二重クエストだ。マンティス殲滅、まぁ餌として撒くんだろな。マンティスを殺してから食べるモンスターってなればピアスパローとかかな」


「聞いた事ないんだけど……」


「空飛ぶデカい鳥だよ。でもモンスターとしてはCC級だしなぁ、倒すのもそんな難しくないし違うかも。まあSS級って事もないだろうし何が来てもいいか。それより早くしないと暗くなるし魔核集めに行こう」


「何が来ても怖いんだけど」と思いながら魔核の回収に向かうディーノに続くアリスだった。




 野営地とした川までは草原から半時程離れた位置にあったものの、馬車の通り道ができていた為問題なくたどり着く事ができた。


 ギルドから借りている馬車には幌が付いていないのだが、野営用のテントを張って屋根とするので問題はない。

 そして馬車の枠にはディーノが個人的に用意してある幌を張って簡易ベッドとして使用し、車輪が二つしかないものの固定用の足で支える為バランスもいい。

 マンティス討伐で疲れているだろうと、アリスにこのベッドを使わせる予定だ。


 馬も馬車から外して近くの木に繋ぎ、用意していた牧草を与えておく。


 馬車から調理器具や買って来た具材を下ろして、干し肉入りの簡単なスープとパンで夕食とし、食後には乾燥させた果物とお茶を飲んで一息つく。

 その間に大きな金属製のタライに水を入れて火にかけ、お湯を沸かして体を拭く事にする。

 汗をかいていた為、寝る前に体を拭けるのはアリスにとっても嬉しい限りだ。

 別の容器にお湯を分け、馬車の左右にわかれて体を拭いた。

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