第14話 追いかけっこ

 翌日はラフロイグから東南方向へ、歩いて半日程の距離にある【ワイディ】という地域へと向かう。


 途中、やはりぶっつけ本番で属性剣を使うわけにもいかないだろうと少し試してみる。

 以前ウィザードの知り合いから聞いたのは、その属性に合わせたイメージを固めて手から放出すれば事象が起こるそうだ。

 放出すると言われても魔力が何なのかがよくわからず風を起こす事ができない。

 鞘に納めたままでも使用できるという事ならばと、腰に下げたまま何度も風のイメージを固めては放出するを繰り返すが、ワイディの看板が見える位置まで来ても事象は起こらなかった。


 畜産業を生業とする者達が管理する土地は広く、大きな建物とすぐ隣には家が建ってはいるものの、お隣さんとなれば……随分と遠くに建物らしきものが小さく見えるだけ。

 歩いて向かえば半時程は掛かりそうだ。


 ちなみに時間の感覚は朝から夜までを十で分割し、日の高さから時刻を割り出している。

 その十分割した時間からさらに半分を半時としているのだ。

 そして朝から夜までが一昼、夜から朝までが一夜、それらを合わせて一昼夜となる。


 これは依頼主を探すのも大変だなと思いながら、ラフロイグから一番近い位置にある家へとたどり着いた。

 しかし今はまだ昼には早い時間であり仕事をしている可能性が高い。

 遠く離れている場所に獣の集まった場所があり、三人程の人も見える。

 この家の住人だろう、あちらに向かった方が良さそうだとまた歩き始めた。


 牛がモシャモシャと草を食べているところをブラッシングする男と、牛の状態を確認する女。

 そして群から離れて行こうとする牛を止めに走る少年。

 この広大な土地を毎日移動しながら餌場にしているのだろう。


「おや、冒険者さんかい?」


 ブラッシングしていた父親であろう男が近付いて来たディーノに気が付いた。


「ああ、エアウルフ討伐に来たんだけど依頼主の家はどこかわかる?ウルフの情報も欲しいんだけど」


「え、これまで何度も失敗してたのに今度は一人……あ、いや、動きの速いウルフを相手に一人だと厳しいと思ったんだ。気に障ってしまったら申し訳ない」


 頭を下げる男だがディーノはそう気にする事もない。

 エアウルフは人間にとって危険度こそ低いものの、討伐の難しさだけで考えればAA級にも匹敵するだろう。

 最低でもウルフに負けない素早さと強さが必要であり、素早さに特化したシーフであってもウルフを追う事は難しい。

 なによりも体力があるウルフはシーフが全力疾走して追いついたとしても追い続ける事はできないのだ。

 他には複数の罠を仕掛け、シーフが追いかけながら他のメンバーで追い立てて罠に誘い込む方法があげられるが、障害物の少ないこの牧草地ではウルフが罠にかかるはずもない。


「オレはシーフなんで。単純に速さで上回って倒すだけだから問題ないよ」


(ん?シーフ?セイバーになったんだっけか)


「そうか。依頼主は畜産組合の組合長なんだが、近くの者に討伐の報告をしてくれれば伝えに行ってくれるはずだ」


 依頼主の元まで行く必要はなくなった。


「ここ最近ウルフが餌場にしてるのは、うちから二軒隣の養鶏をしているトロンさんのとこらしい。うちも先日までやられてたんだがね。また鶏肉に飽きたら戻って来るかもしれない。難しい依頼だとは思うが本当に困っててね。冒険者さんには頑張ってもらいたい」


 二軒隣とは……

 ここから見えないところにある家でもご近所さんなのだろう。

 だが行くしかないし仕方がない。


「ありがと。行ってくるよ」


「よろしくお願いします」と見送られて二軒隣の家を目指す。




 一言で言えば遠かった。

 思った事を口にすればまた違う。


「これは二軒隣ではないな……」


 情報をもらった位置から一軒目は見えたものの、二軒目がどこかわからず家にいた老人からお隣さんの家の方向を聞いた。

 注視してようやく点に見える程に遠い家がお隣さんらしい。

 もう二軒隣に行ってくる〜が隣町に行くくらいの距離がある。


 そして養鶏場の小屋の上に鎮座するエアウルフ。

 自分の餌場とでも言いたいのか堂々とその場に居座っており、ディーノを見ても怯える様子もない。

 鶏がただ襲われるのを見ているしかできない養鶏場の主人は家の中にいるのだろうと、ディーノは玄関扉を叩く。

 出て来たのは少しやつれた青年とその父親であろう壮年の男性。


「冒険者なんだけどさ、あれ倒すからもしかしたら柵とかいろいろ壊れるかも」


 エアウルフがただ逃げるはずはない。

 向かって来たディーノに対して迎撃行動を取るだろう。


「冒険者さん!?あれを追い払ってくれるだけでも構いません!どうかお願いします!」


「柵は俺達が何とかしますから壊れても大丈夫です!」


 柵が壊れてもいいなら追いかけ回して倒せばいい。

 ディーノはユニオンを抜いてエアウルフと対峙する。

 ゆっくりと立ち上がったウルフは唸り声をあげ、ディーノが柵の中に飛び込むと同時に口内から風の弾丸を撃ち出した。

 ディーノが右に躱すとやはり柵が破壊され、鶏達が羽をバタつかせて騒ぎ出す。

 鶏を避けて距離を詰め、跳躍してウルフへと接近。

 しかしウルフは距離を取ろうと屋根から飛び上がり、地面へと着地した。


 ウルフはやはり動きが速い。

 今のディーノと同等かそれを少し上回る程の速さであれば、S級シーフがエアレイドを使ってようやく上回る事ができるくらいだろう。

 接敵して逃げ出す一瞬で距離を詰めて動きを止める必要があるかもしれないが、ディーノにはギフトがある。

 単純に速度で上回って倒せばいいはずだ。


 このまま養鶏場を破壊させ続けるにはあまりにもこの家の住人が可哀想だ。

 ギフトを発動したディーノは屋根の上から地面に飛び降り、わずかではあるがウルフとの距離を詰めた。

 このまま直線上にウルフに向かえば今度は小屋が破壊されてしまう為、左方向へと足を運び、背後には柵以外のない位置まで移動する。

 そこからウルフに向かって駆け出すと、再び口内から風の弾丸が放たれてそれを左に躱す。

 そのまま一足でウルフに向かって飛び掛かり、剣を薙ごうとした瞬間に手を止める。

 今ここで間違って風の事象が起こってしまえば住人ごと斬り裂いてしまう可能性があるのだ。

 接敵された事によりウルフは左方向へと駆け出し、住人に一吠えすると一目散に逃げ出した。


「ごめん!やっぱり柵壊れた!」


 ディーノは一言残してウルフを追って駆け出す。


 前方を走るウルフは並のシーフの全力疾走よりも速いが、ギフトを発動したディーノはそれ以上に速い。

 体力はウルフの方があるはずだが、ディーノもそう長い事追いかけ回すつもりはない。


 すぐ横まで距離を詰めたディーノは腹下からユニオンを斬り上げると、ウルフは風を全身から放出してディーノの体を弾く。

 ディーノは少しバランスを崩しつつも立て直し、風属性スキルはこんな使い方もあるのかと感心しながらまたウルフを追う。


 ウルフの後方から接近するディーノ。

 前方を進むウルフは軽く飛び上がると体を反転させ、口内から風の弾丸を撃ち出すと、ディーノはそれを軽く跳躍して躱し、速度を落とす事なくウルフに接近する。


 体を反転させた事で動きを止めてしまったウルフだが、今度は自身の後方から風を発生させてディーノに向かって加速。

 ディーノが攻撃を加えようと剣を振り下ろしたのにも関わらずウルフを覆う風の膜によってディーノの体が阻まれた。


「くっそ!やりづらい!」


 このエアウルフはスキルの使い方が上手い。

 ここまでスキルを使い熟すモンスターは珍しく、ディーノの感覚的には驚異度を無視すればSS級にまで食い込んできそうな程の個体だ。

 おそらくこのウルフはディーノを殺すつもりはないのだろう。

 ディーノの体力が尽きるまで逃げ回るのが目的なのだ。

 それがまた倒し難さにも繋がっている。


 弾かれた事で身を翻したディーノは再びウルフを追って駆け出すものの、加速はウルフよりも遅い為距離が開く。

 こんな時にこの買ったばかりの属性剣が使えたらと思いつつ、ウルフの後を追う。


 またもウルフとの距離を詰めたディーノは攻撃を仕掛けずに前に躍り出る。

 急停止と共にユニオンを構えると、またもウルフの全身から放出された風がディーノとの距離を阻む。

 左に逸れたウルフが加速しようと後方に風を放出した瞬間にユニオンを横に薙ぐディーノ。


「ん?」


 少し剣に違和感を覚えつつも体勢を立て直してウルフを追う。

 違和感はユニオンに受ける風の抵抗ではなく、ヌメりのような何かを感じた事。

 振り抜いたとはいえブレイドの側面に風の抵抗を感じたはずだが、剣は何の抵抗もなくそのまま通り、そして今は抜けてしまったがヌメるような何かを感じていた。


(もしかしたらウルフが起こした風が原因か?風のスキルによる魔力みたいなものかな?)


 次に接敵した場合に風スキルを斬ってみようと考え、ディーノはまたもウルフとの距離を詰める。

 少し息も上がり、そう何度も続けてはいられない。


 またも真横に並んだディーノは、体を寄せずにユニオンを腹下から振り上げる。

 同時に距離をさらに取ろうと風を放出するウルフ。

 その瞬間、確かに感じたヌメりと風スキルの切れ目。

 ユニオンはウルフの風を斬る事ができるようだ。

 そして先程よりも強く感じたヌメりのようなものは、おそらくは魔力そのものだろう。

 魔力の伝導率が高い魔鋼であるからこそ感じ取れたのかもしれないが、これはディーノの風の事象を引き起こすヒントになるかもしれない。

 そう思い、距離が開かない事から並走しながら何度もウルフを斬り付ける。

 体を寄せずに並走するとわかるが、ウルフが放出している風は防壁のように張り巡らされているようだ。

 その中に体を潜り込ませてしまった場合に弾き飛ばされるのだろう。

 距離を調整しつつユニオンを滑り込ませ、防壁の境目を探り、ヌメりが強く感じ始めたところでふと気がつく。

 ディーノの体内にも似たようなヌメりのような感覚がある事に。

 それは体の中心にあり、少し戸惑いつつもウルフを追い回しながら、どうすればそれを引き出せるのかを考える。

 考えてもわからないのなら、今手元にある魔力伝導率の高い素材で引き出せばいいと、腹部にユニオンを当てて確かめる。

 やはりウルフの防壁から感じるヌメりと同じようなものであり、今はすでにウルフからのヌメりは抜けている。

 抜けていく感覚、流れも理解したディーノ。

 体内の通し方はわからないものの、今はユニオンに流し込んで放てば事象を起こせるかもしれない。

 腹部からユニオンに流し込んだそのヌメり【魔力】を使って風の事象を引き起こす。

 魔力が風の魔核によって風の事象となり、風の防壁を貫き、ウルフの腹部を斬り裂いた。

 それ程深い傷とはならなかったものの、風の防壁を突破できたのだ。

 ウルフは突然の痛みからその場に滑るように倒れ込み、唸り声をあげて立ち上がる。

 手のひらにも残る風の事象の感触。

 体内にある感覚を広げてユニオンへと魔力を繋ぐ。


「悪いな。もう追いかけっこは終わりだ」


 ディーノはユニオンを振り下ろし、無風の空間を作り出して距離を詰め、接敵した瞬間に左逆袈裟に斬り上げる。


 体がズルりと滑り落ち、エアウルフの討伐は終了した。

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