第15話 ジャック・ザ・リッパー

 メフィストの姿はまたタウンハウスにあった。グレイルたちの悪魔信仰の集会を襲ってから、そのまま滞在することになってしまっている。

「これほど領地を空ける年は珍しいな」

 馬車から降りて中に入ると、メフィストはやれやれと被っていたシルクハットをサルガに渡す。

「左様でございますね。例年でしたら夏のこちらへの滞在は二週間ほどですから。そして冬の社交シーズンでございますね」

 サルガに言われて、メフィストは再びやれやれと首を振っていた。冬にこちらのタウンハウスにやって来る理由は一つ。貴族院への出席のためだ。とはいえ、多くは衆議院を通過した段階で、審議は終わっていると言っていい。しかし、中には貴族の視点から見ると困るものがあるため、それを可決させないように会議するのだ。

 が、貴族たちの多くのメインはこちらではない。そこからせっせとパーティーを開き、互いの状況を探る社交界への出席だ。

「パーティーと聞く度に、人間界にいるのが嫌になるな」

「では、お戻りになられれば宜しいのです。夜の国でのあなたの地位は、こちらで言えば公爵と同じ。それなりに自由の利くご身分ですよ」

「・・・・・・」

 ちくっと諫めてくるところが、人間の執事らしいな。メフィストは一瞬むっとなったものの、すぐにそう思って笑っていた。サルガは何がおかしいのかと不思議な顔をしているが、メフィストは手をひらひらと振るだけだ。

 何にせよ、面倒なシーズンの到来である。



「ほう、ジャック・ザ・リッパー?」

 さて、そんな予定が立て込む面倒なシーズンであろうと、人間が悪に染まるのが止まるわけではない。メフィストの耳に奇妙な呼称で呼ばれる連続殺人鬼の話が舞い込んだのは、ようやく議会が終盤に入ったという頃だった。

「ええ。町中で娼婦や男娼を殺し回っている愉快な奴よ」

 しかもその情報を持ってきたのはリリスだった。さらに、すでに新聞で報道されていると、朝刊を差し出してくる。

「伯爵様が見落とすなんて珍しいわね」

 プラス、そんな嫌味が付いていた。

「見逃したというより、サルガ、アガリは何と?」

 そう、サルガからもアガリからも何の連絡も受けていないのだ。傍にいたサルガは

「連続殺人という道理に反した行為ですが、悪魔と認定するほどではないようですね」

 としれっとしている。

 つまり、食ってもそれほど魔力は得られないと判断したらしい。さらに前回の悪魔信仰のメンバー十三名を狩ったことで、メフィストだけでなくサルガもアガリもそれなりに魔力を得ていた。必死に狩りをする必要はないという判断になったのだろう。

 さらに言えば犯行はどう考えても貴族が絡んでいない。メフィストが狙う対象から外れている。わざわざメフィストが貴族としてこの国に紛れ込んでいるのは、身分の高い堕落した魂を得るためだ。

 責任が伴う人間は、それだけ悪魔が付け入る隙が多い。それだけに、堕落した時の魂の色は他とは異なる。それが美味しいのだ。

「まあ、そうよね。警察のお仕事を取っちゃ駄目よね」

 リリスはなあんだと面白くなさそうだ。

「殺し回っているというが、被害は何人なんだ?」

 メフィストはリリスが興味を示したのならば何かあるのかと、そう訊ねてみる。

「今のところ五人。娼婦が四で男娼が一ね」

「ふうん。金を払うのを惜しんでの犯行か?」

「違うみたいよ。町を歩いているところを襲われるのよ。大体は仕事終わりの朝方を狙われるみたい」

「ほう」

 それは少し面白そうだな。メフィストは興味を示す。

「私の敵かしら」

 そしてリリスはそれを見逃さずに、どう思うと訊いてくる。本当に男を動かすのが上手い。メフィストでさえ、彼女の手のひらの上で遊ばれることがある。

「君の敵ということは、淫行を目の敵にしているということかな」

 メフィストは遊ばれていることを承知で訊ねる。

「そうだと困るのよねえ。娼婦や男娼の方々は私を信仰してくれるいい人たちだもの」

 もの凄く偏った意見であり、信仰しているかは別だが、リリスがそういう人たちから魔力を得ているのは間違いない。

「解った。片手間になるが、調べてみよう。丁度良く貴族院もやっている最中だ。誰かが警察から情報を拾っているかもしれない」

「ありがとう。大好きよ、旦那様」

 リリスがそう言ってメフィストに抱きついてくるので、こういう可愛さが魅力なんだなと、くすりと笑ってしまっていた。

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