第16話 ネクロマンサー

 成り行きで調べることになったジャック・ザ・リッパーという連続殺人犯についてだが、調べていくうちに面白い事実を知ることになった。

「死体から一部が切り取られている、ですか」

 サルガはその面白い事実に顔を顰める。

「ああ。五人とも、バラバラな部位が奪われていたそうだよ。一人目は右手、二人目は左足、三人目は眼球、四人目は舌、五人目は陰茎だそうだ」

 メフィストは貴族院の中でも警察組織と関係のある人をたらし込み、ここまで詳細な情報を掴んでいた。

 とはいえ、リビングで優雅に寛ぎながらする内容ではない。

「なんとも陰惨な話になってきましたね。ますます旦那様に相応しくないのではありませんか?」

 だから、サルガは紅茶を淹れつつ思わず顔を顰めてしまう。

「まあ、確かに。ここまでだと面白い事件ではあるが、人間にはありがちな事件だ。ところが、切り取られた部分は娼婦と男娼が自慢する部位だったそうだよ」

「ほう?」

 それが面白い要素に関係ありますかと、サルガは懐疑的だ。自慢しているのならば切り取ってやれと、人間ならば考えそうなものだと、この悪魔は考えている。

「まあねえ。でも、切り取られた部位は見つからないんだという。周辺に捨てられているわけではない。それどころか、切断面は非常に綺麗で、手慣れているそうだよ」

 メフィストはそう付け加えて、どう思うとサルガを見る。それに、サルガはそういうことですかと頷いた。

「ネクロマンサー、ということですか」

「ああ。その可能性が高いね」

 ネクロマンサー。死霊術を駆使する術者をこう呼ぶわけだが、そいつらは時折、死体を用いてアンデットを作り出そうとする。さらに、その中には死体の綺麗な部分だけを集めて繋げ、自分の理想的な形へと作り替える奴らもいるという。

「となると、スポンサーがいる可能性も」

「ああ。調べてくれるか」

「了解しました。なるほど、リリスが持ち込むだけのことはある案件でしたね」

「そうだな」

 あの蠱惑的な悪魔はいつも不思議な、そして面倒な事件を引き当ててくれるよと、メフィストは優雅に笑っていた。



 犯人がどういう奴かという像は見えたものの、それを特定するのは困難を極めた。ネクロマンサーに該当する人物が全く浮かび上がってこなかったのである。

 数日後、アガリは申し訳なさそうな顔をしてメフィストの前に現われ、そう報告した。

「なるほど。死霊術はそう簡単に出来るものではないし、死体はさほど長持ちしない。スポンサー以外にも何かが手助けしている可能性があるか」

 ますます面白くなったじゃないかと、執務机に向うメフィストは笑う。しかし、すぐに特定できなかったアガリは悔しそうだ。

「国の秘密すら見抜ける私が苦戦するとは」

 そう純粋に己の能力不足を嘆いている。

「仕方ないよ。悪魔が関与しているのならばアガリの能力を警戒している可能性はあるし、もう一つ、スポンサーもネクロマンサーも一人ずつという状況なのかもしれない」

 そんなアガリに、君にも不得意なものがあるだろうとメフィストは優しく言った。それにアガリは頷くものの

「しかし、個人で出来ますでしょうか?」

 と疑問を口にしないわけにはいかなかった。

 スポンサーに関しては確かに個人という事はあり得るだろう。しかし、ネクロマンサーが一人というのは考えにくいのではないか。

「いや、どういう種類の犯罪であれ、人数が増えると秘密が漏洩する可能性は高まる。特に人間のみの集団ではそれが顕著だ。しかし、警察やアガリが探ってもなかなか尻尾が掴めないということは、集団ではやっていないという結論が導ける」

 メフィストはどうやっているかは別にして、個人と考えるべきだと主張する。

「なるほど。しかし、そうなると、難しくなりますね」

 アガリはどうやって特定するつもりですかと訊ねる。

「まあ、人間だけでこれだけの所業が出来るのかは不思議だ。悪魔がいないか、これを探ってみよう。前回のベルフェゴールのように、大物がこっそり人間界に来ている可能性もあるしね」

「解りました。魔界の捜索はお任せください」

「いいだろう」

 アガリとしてもこのまま引き下がるのは面白くないだろうと、メフィストはその申し出を了承した。

 それにしても、前回と違って地味な事件だ。犯行に加わっているのは実行犯のネクロマンサー一人だろう。そして匿っているスポンサー。

「でも、どうにも気になる事件だ」

 綺麗な死体を求めるのならば、どうして娼婦と男娼に限っているのだろうか。今日新たに殺されたのも男娼で、奪われたのは耳だという。

「被害者の性別が固定していないのも、気になるんだよな」

 男女のペアを作ろうとしているのだろうか。だとすれば、行おうとしているのは神への挑戦だろうか。

「どちらにしろ、面白い」

 メフィストはそこまで考えて、早くそのネクロマンサーに会いたいものだと思うようになっていた。

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