第14話 満足できない結末
「なるほど。やけにアンリのことに詳しいと思えば、そう仕立てた張本人だったというわけか」
メフィストは盲点だったなと苦笑してしまう。
「歌声は折り紙付きですよ。とはいえ、この一年で急に実力を付けた子でしてね。それまでパッとしなかっただけに、どうしたのだろうと、そこは噂になっています」
劇場で、グレイルはそう説明してくれたではないか。そしてそこから怪人の話をしていたのは、自分が呼び出した悪魔のおかげだというのを、上手くすり替えるために用意していた話なのだろう。
誰かが最もらしくその噂を広めてくれるのが好都合。そして、それにメフィストは都合がいいとグレイルは判断したのか。
「意外と食わせ者だな。まさか俺がその悪魔の一人とは考えていないわけだ」
「ええ。しかも旦那様とよく一緒にいらっしゃいますからね。悪魔の気配が濃くなっていても、旦那様がすぐに気づかないのは仕方のないことかと」
「ああ、そうだな」
普通、人間が悪魔信仰をしている場合、メフィストやサルガはすれ違えば気づく。しかし、普段から面識があるものだから、自分と一緒にいるせいだろうと、そう考えてしまうというわけだ。
だが、それは同時に自分たちの気配が人間に影響していないかということも考えなければならないことを示している。普段は最低限の付き合いにしているとはいえ、貴族は社交界に出て当然という世界だ。どこかで影響を与えてしまう可能性がある。
「ルシファー様がいつまでいるんだというわけだな」
メフィストは少し考えなければならないだろうかとサルガを見る。
「どうでしょう。我々が人間界にいなくても、悪魔を呼び出す輩はいます。それに今回がたまたま旦那様とよく一緒にいらっしゃるグレイル様だったというだけで、影響が出ていると言い切ることは出来ないでしょう」
サルガは普段の狩りを思い出せば解ることだと、感傷的になるのはよくないと諫めてくる。
「そうだな。珍しく気の合う同じ位の者だったからついね」
メフィストも少しグレイルに入れ込みすぎかと苦笑して終わらせた。そしていつも思う。
人間は、どうしてこうも興味深いのだろう。
「それより、問題は悪魔信仰をし、さらに悪魔の召喚に成功したという奴らだな。ベルフェゴールが呼び出しに応じたのは、沢山の魂を狩ることが出来ると見越してのことだろう」
「そうでしょうね」
「そして、奴は取り憑いたアンリから得られる精気で満足している。つまり、その分を召喚の代償として得ていると考えていいわけだな」
「だと思います。ルシファー様も飽きたら戻ってくるだろうと仰っていましたから、呼び出した連中をどうするかまでは考えていないのではないかと思います」
そこまで確認すると、決まったなとメフィストはにやりと笑う。
「友の魂まで喰らうのは悪食だと思うかい?」
しかし、サルガにそう確認せずにはいられなかった。
「いいえ。むしろ、そうして差し上げるべきでしょう。神の元へはすでに行けぬ魂です」
それに対し、サルガの答えは明確であった。メフィストはそれに満足げに笑うと
「グレイルを監視しろ」
そう命じるのだった。
メフィストの作戦は至ってシンプルなものに落ち着いた。つまり、一度の成功で気をよくしている連中が、もう一度悪魔を呼び出す時、それを利用すればいいというものである。
ベルフェゴールと敵対しなければならないのではと考えていた時には思いつかない、あっさりしたものだ。リリスはその結論にやや不満そうだったが
「召喚者どもが片付けられたとなれば、ベルフェゴールも手を引くわね」
と納得してくれた。
そして約二ヶ月後。アンリの奔放さが話題となり、その人気に陰りが出始めた時、彼らは次の悪魔を召喚し、次の贄を差し出そうと決める。
「アンリには十分すぎる力を与えた。もういいだろう」
集まった黒いフードとマントに身を包む男たちはそう勝手に判断し、そして、ベルフェゴールを呼び出した時と同じ手順で儀式を行う。
まさかそれが、自分たちの破滅を呼ぶ悪魔のための儀式になるとは知らずに。
とあるビルの地下に作られた悪魔に捧げる聖堂に、血の臭いがゆっくりと充満する。贄として捧げられた動物を殺し、悪魔を呼び出すためだ。そして、悪魔に捧げる賛美歌を歌うと、魔法陣の中心から青い炎が立ち上がった。
「おおっ」
「今度も成功か」
間違いなく現われた悪魔。しかし、その顔が見知った者であることに気づいたグレイルは
「レスター伯爵」
と驚きのまま名を呼んだ。
「ええ。私の本当の名はメフィストフェレス。召喚者の魂を奪う者ですよ」
メフィストはそれに対して笑みで答え、十三人の人間の魂を等しく刈り取った。今回は悪魔信仰の連中、いつものように神からの差し引きがない、純粋かつ満足のいく狩りだった。しかし
「不思議ですね。いつもと違って魔力は満たされたというのに、満足感はないなんて」
メフィストは動かなくなった友を見て、そう呟いていた。
ベルフェゴールの贄とされていたアンリが死んだのは、その十日後のことだった。
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