第13話 悪魔信仰
ベルフェゴールの件をサルガに追わせている間に、メフィストは必要な仕事をこなしていた。
わざわざフォグリーにあるタウンハウスにやって来たのは、悪魔を追い掛けるためではない。まずは予定されていた会議に出席。その後、立ち上げている製鉄関係の仕事をこなす。それだけでも二週間はあっという間に過ぎ去る忙しさだ。
さらにタウンハウスに来ているのならばと、同じくフォグリーに来ていた貴族たちからお誘いがある。全部を相手にしていると面倒なので、問題のない部分は断りつつやるのだが、これもまた忙しい。上下関係がはっきりしている貴族社会だ。さらに横の繋がりも強い。世渡りにはかなり神経を使う。
「疲れた」
オペラ観劇から三週間後。ようやくゆっくり出来る時間が出来たとき、メフィストが思わずこう呟いたとしても、誰も注意できなかった。サルガはどうぞとすぐにホットチョコレートを差し出した。
「ありがとう。それで、任せっきりになっていたが、アンリの件はどうなった?」
甘いホットチョコレートに一息吐くと、メフィストはサルガに訊ねる。
「はい。途中からアガリに代わってもらって、調査を続行しております」
サルガは報告しますかと訊く。
「アガリに代わったということは、何か大きな秘密があったんだな」
それにもちろんと、メフィストはホットチョコレートを飲みつつ頷く。
「はい。あのアンリという歌姫を見張っていれば解決まで導けるのかと思っておりましたが、いやはや、予想外でございました」
「ほう」
「というのも、ベルフェゴールを呼び出したのは複数の貴族でございます」
「おや」
単純ではないだろうと思っていたが、ややこしそうだな。メフィストはそれでアガリが先を調べているのかと頷く。
アガリは悪魔的な魂を感知するだけでなく、秘密を探る能力を有している。しかもそれは王宮だろうと厳重な会議だろうと覗ける能力だ。要するに覗ける範囲は広域であり、多数の人間の秘密を同時に知ることが出来る。
一方、サルガの能力は秘密を覗くとしても家の中に限定される。そして家の中でなされる秘密しか覗くことが出来ない。しかし、人の心を覗き、時に記憶を改竄できるのだから、どちらに対しても秘密を貫き通すのは無理だ。
その差は得意不得意の差であり、今回、カントリーハウスにいたアガリがわざわざ呼ばれたのは、複数人によるものだと解ったからだ。
「悪魔信仰か」
「はい」
メフィストの言葉にサルガは頷いた。
そう、複数の貴族が集まって悪魔を呼び出した。これが示すことは悪魔を信仰し、信仰するが故に悪魔を呼び出したということだ。
「その依り代とされたのがあのアンリか」
「そう考えるのが妥当でしょう。彼女がもともと奔放な性格だったかは不明ですが、上手く適合したようですね」
サルガはそこでうんざりしたような顔になる。しばらくアンリの家を覗いていたのだから、それなりに目撃するものがあったようだ。
「そうそう。アンリの相手をして被害に遭った者の方は?」
予想以上のことが出てきて当初の調査の部分を忘れていたなと、メフィストはその点を訊ねる。サルガは抜かりなく調べていますと頷くと
「死者はおりませんが、相手をした後、精を吸い尽くされたような状態になった者は複数おります。おそらく、その精気はベルフェゴールへの供物とされたのでしょう」
眉根を寄せて報告する。同じ悪魔の所業だが、えげつないと思っているのがありありと解った。が、それは適正の問題なので、他の悪魔がとやかく言えることではない。
「なるほどね。人間嫌いで有名なベルフェゴールが珍しく手を組んでいるのは、それが旨みのある話だからというわけだな。そうだ、ルシファー様に関しては」
「はい。すぐに飽きるだろうと仰っておりました。故にメフィスト様が手出しせずとも、ベルフェゴール様ご自身が決着を付けるだろうと。それよりも、メフィスト様がなかなか人間界から戻って来られない方が不思議だと仰っておりましたよ」
どう誤魔化すおつもりですかと、サルガが真剣な顔で問い掛けてくる。ルシファーともなれば、メフィストが何をしたくて人間界にいるか解っているだろう。しかし、負けないという自信があるからこそ、捨て置いているだけだ。
「事実、面白いからねえ」
そしてメフィストも、口ではいずれルシファー、サタンを倒すために魂を狩っていると言いつつ、人間の飽くなき欲求が面白くて、楽しくて仕方がないのだ。だから神から割り引かれることを知っていてやり続けている。
結局のところ、悪魔は自らの興味を優先するというだけだ。しかも寿命が無限となれば、何事も急ぐ必要がない。
「まあ、ベルフェゴールが自分からいなくなってくれると助かるんだが、問題は貴族たちだ」
「はい」
「何人いる?」
「十三名。その中には、あのグレイル伯爵も含まれています」
「おやおや」
やっぱり捨て置けないようだな。メフィストはくすりと笑っていた。
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