第9話 タルウイ
問題の男爵の名はグリームといった。線の細い、見る人によってはイケメンというタイプだが、どうにもその容姿を本人は気に入っていないらしい。そして、その歪んだ思いが自分より美しい少年を集め、汚すことに繋がっているようだ。
これはリリスの見解であり、メフィストはどうしてそんなことをするのかなんて考えなかった。
ただ、この魂ならばいい糧になる。それが解ればいい。
「しかし、あれは」
「なかなかの趣味だね」
サルガの能力を使って部屋の様子を盗み見たのはいいが、二人揃って何とも言えない顔をしてしまう。
年端もいかない少年たちが裸のままベッドに寝ている姿は、淫靡というより虚しさを掻き立てる。何よりそれに首輪を付けられているとなると、その姿はますます悲しいものだった。
「ううむ。悪魔も胸を痛める光景だ」
「ええ」
メフィストの言葉に頷き、これってひょっとすると、関わっても神によって評価されてしまうのではという懸念がもたげた。サルガは難しい顔をしてしまう。
「まあね。そうなると、俺が出向くのは宜しくないな」
その顔を見て、メフィストは苦笑してしまう。それにサルガは差し出がましい真似をと頭を下げる。
「いやいや。お前のおかげで出向く前に解ったんだ。気に病むことはない」
「はい」
「とはいえ、代わりに誰を行かせるか、か」
メフィストはそこでにやりと笑う。
「まさか、タルウイを行かせるおつもりですか?」
サルガは気づいて、危険ではありませんかと訊く。彼女はまだフォグランドに慣れていない。それだけでも心配だというのに、神に目を付けられるかもしれない案件を任せてよいものか。
「大丈夫だよ。むしろ神の領域に抵触するからこそ、彼女だ」
「――そうでございますね」
神が認める所業を悪魔がするのは問題がある。しかし、同じ悪にいつつも神である人物が介入すればどうか。メフィストはそう言っているのだ。
タルウイ。彼女は異国の神であり、邪神とされている。そして、その国がこのフォグランドの植民地になったことから、この地にやって来たのだ。
「彼女としても、憎いこの国で堅苦しい生活ばかりしていては疲れるだろう。いい気分転換になるんじゃないか」
メフィストはそう言ってくすくすと笑っている。気分転換にしては、状況が悪いことは自覚しているのだ。
「この国で新たに糧となる魂を得られれば、彼女も元の力が使えるかもしれませんね」
サルガも他に案はないかと、タルウイに任せることを了承するしかないのだった。
夜。男爵がいつものように少年たちを囲う部屋へと向かう。
自分よりも不完全な存在。それを服従することへの喜びと、快楽。これは一度味わってしまうと病みつきになるものだった。
「ふふっ。今日はどの子にしようかな」
口に蓄えた髭を撫でながら、男爵はあくどい笑みを浮かべてしまう。
「さて」
自分の欲望を高めつつ部屋のドアを開ける。するといつものように子どもたちの悲鳴が聞こえてくる――はずだった。
「なっ」
しかし、部屋の中は静かだった。そして驚くほど暑かった。
まだ春には遠い時期、部屋は暖房を焚いていても寒いことがあるというのに、夏のような暑さだった。
そして、少年たちがいたベッドに優雅に座る、異国の衣装を纏う少女がいる。
「お、お前は」
「ふふっ」
男爵の問いに、少女には似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべる。そしてぺろりと唇を舐めた。その顔に吸い込まれそうだったが、男爵はぶるりと身震いして堪えた。
「こ、ここにいた子どもは」
そしてようやく、首輪だけ残して消えた子どもに関して訊ねる。
あれが逃げ出したとなれば大事だ。この少女も何とかしなければならないが、その行方も追わなければならない。男爵は焦っていた。
「もう、イナイよ」
少女、タルウイはにっこりと艶美に微笑む。そして天井を指さした。しかし、そこには何もない。変わりのない天井だ。
「冗談はいい。お前は何者で、子どもをどこにやった?」
男爵はイライラしてつい声を荒げる。しかし、タルウイはますます笑うだけだ。
「見えないなら、あんたを喰っても大丈夫ってコト」
そしてそう言うと、ふわりとベッドから立ち上がった。
「く、来るな!」
話が通じない。いや、それ以上にこの世のものとは思えない雰囲気に、男爵は逃げようとした。しかし、それは叶わず、ただ床に転げただけだった。
「イタダキます」
タルウイの声が耳元で聞こえたのを最後に、男爵の意識はぷつりと消えていた。
「これでオシマイ」
タルウイはにっこりと笑ってその魂を食べてしまうと、すでに天に召されて幸せそうに微笑む少年たちに手を振っていた。
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