第8話 悪魔も困ることがある

 リリスの友人だという淫魔からの情報は、最近、首都のフォグリーでは見目麗しい男の子が誘拐される事件が多発しているのだという。

「それだけ聞くと目的は三つくらいに絞れるが・・・・・・一番可能性の高い人身売買は省いてもいいんだろ?」

 ミルクティーを飲みながら、メフィストは苦笑いを浮かべた。人身売買に関することならば、わざわざリリスが情報を持ってくるはずがないのだ。

「それはもちろん。まあ貴婦人が見目麗しい少年を侍らせるっていうのもパターンだけど、今回は男爵様らしいわ」

「ほう。男爵となると数が多いからなあ」

 どこの誰だろうと、メフィストは首を傾げる。

「それはアガリに頼んで。この情報だけでも十分にアガリの感知能力に引っ掛かると思うのよ。でもあの人って、こういうことには疎いから教えてあげただけ」 

 リリスはそこまでサービスはしないわよと、手を振って部屋を出て行った。

 いつでもどんな場面でも気ままな女性だ。

「確かに、アガリに条件を伝えれば絞り込んでくれるでしょう」

 そもそも、同性愛を禁ずる宗教を国教とする国なので、それだけでも悪魔としては狙いやすい。そこに少年という条件が付くと、ますます堕落として認定される。サルガはすぐにやりますかと訊ねた。

「ううん。俺としてはあまり面白くない魂だが、リリスは興味があるみたいだな。探ってやってくれ。なんなら今回の分はリリスにやってもいいだろう」

「承知しました」

 実際、メフィストがくれることを見込んで話しているのだろうな。サルガもそう感じたため、ゆっくりと主の世話をしてから向おうと決めたのだった。



「なかなかに醜悪ですよ」

 その数日後。堕落した男爵を捜し当てたアガリが、苦笑いを浮かべて報告してきた。

「醜悪?」

 食後のコーヒーを飲んでいたメフィストは、どういうことかと興味を持った。

「まず、見目麗しい少年を集める方法ですが、必ずしも誘拐ばかりではありません」

「ほう」

「多額の金と引き換えにしている場合もあるようです。とはいえ、それは後で騒がれると面倒な家との場合のみですね。二人、金で交渉したのを確認しました。後は誘拐するだけで済ませているようです。多いのはサーカスや劇に出ている子どものようで、まあ、見目は保証されていますな。被害者はすでに三十五名。うち、十五名の死亡を確認しています」

「ほほう」

 かなり派手にやっているようだなとメフィストは目を細める。しかも死者を出しているとは、単なる性愛目的ではないのか。

「性愛目的ではあるのですが、扱いがどうも。そもそも成人男性と少年では身体の大きさが違いますからね」

「ああ」

 なるほど、色々と弊害があるかと気づく。そしてふと、少年と言っているがどのくらいを指しているのかが気になった。

「上は十二歳と言えばお解りになられるかと」

「ああ。それは随分と無理をさせることになるだろうねえ」

「はい。それ以外の趣味もなかなかのようで」

 アガリは肩を竦めた。悪魔にとっても刺激的な内容らしい。

「詳しい話はリリスにしてやってくれ」

「嫌ですよ。口にしたくもないです。まったく、人間という奴は、時折悪魔の理解を超える悪に手を染めるので困ります。というより、あの悪魔ならばすでに覗き見をしているのでは」

「まあ、失礼ね」

 そこに、どこで聞き耳を立てていたのか、リリスが食堂に入ってくる。言葉とは裏腹に、面白そうだと口元は微笑んでいた。

「リリス。この魂、欲しいのかい?」

 メフィストは直接そう訊ねてみたが

「要らないわよ。それより男の子たちに興味があったんだけど、十二歳以下じゃあ、楽しくないわね」

 そう返されてしまった。

 なるほど、見目麗しい少年に興味があったわけか。

「確かに、あなたの色香を理解して堕落するには、もう少し成熟した身体と魂が必要だろうね」

 諦めてくれて助かるよとメフィストは苦笑してしまう。そして、リリスはどんな場面でもリリスなのだなと、そう思っていた。

「ということは、旦那様が狩られるわけですね」

 アガリはうんざりしたような顔をするが、糧としては申し分ない魂だ。ただ、どうにも悪魔が規定する悪よりも人間らしい悪で、食あたりにならないかと心配になる。

「食あたりね。まあ、未成熟な子を可愛がるというのは昔からある罪だから、問題ないだろう。ただ、君があえて口に出したくない部分というのが、心配だけれども」

 メフィストは報告してはどうかと唆してみたが、アガリは頑なに口では言いたくないと拒否し、後で紙に記して報告すると言って出て行ってしまったのだった。

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