第7話 悪魔的にはどうなのか
数日ほど穏やかな日々が続いた。メフィストとしても貴族の仕事が溜まっていたので、これはありがたかった。いくら人間界で生活しやすいように貴族をやっているだけとはいえ、何十年と地道に続けていることだ。仕事が滞るのは気持ち悪い。
それに、産業革命というものが始まって人間の欲望は指数関数的に増大している。こんな美味しい猟場を失うことは避けたかった。
「ふう。取り敢えずは片付いたかな」
ちょっと休憩するかと一息吐いたところ
「お疲れ様です」
サルガが絶妙なタイミングで紅茶を運んで来た。ふんわりと香る良好な茶葉の匂いに、メフィストの顔も綻ぶ。
「昔は紅茶なんてどれも同じだと言っていたサルガも、ずいぶんと上手に紅茶を淹れるようになったね」
思わずそう褒めると
「今でもどれも同じだと思っていますが、嗅ぎ分けは出来るようになりました。本日はアッサムです」
とむっすりした顔で答えてくれる。
確かに茶葉は熟成時間が違うだけで元は同じだ。悪魔からすると、手間の掛かる飲み物だとしか思えない。それでも、貴族の嗜みとしてメフィストは毎日のように飲んでいる。
「アッサムか。となると、ミルクティーかな」
「はい」
「ふふっ」
嗅ぎ分けられるだけというわりに、ちゃんとやっている。メフィストは満足して笑ってしまった。
「それよりも、この間の娘たちですが」
そんなメフィストにむっすりしながらも、サルガはミルクティーを用意しながら報告を始める。
「ああ。生き血風呂のために攫われた娘たちだね」
「はい。全員の記憶を改竄し、元いた場所に戻しておきました。面倒そうなので、家族たちの連れ去れてたという記憶も消してあります」
「ご苦労。相変わらず隙のない仕事だね」
「お褒めに頂き光栄です」
サルガはようやく機嫌を直したのか、にっこりと微笑んだ。そして出来上がったミルクティーをメフィストに手渡す。
「それにしても、もう少し待ってから入るべきだったな。お前の仕事は増えるし、俺が得られる堕落の魂からの力も減ってしまう」
メフィストは一口ミルクティーを飲んでから、そう反省を口にする。人間の倫理に照らせば、あのタイミングで踏み込んだのはいいことだろう。一人犠牲者が出てしまったが、それでも、残り二十二人いた娘たちは助かった。
しかし、メフィストは慈善事業で悪魔的所業をする人々のところに現われるのではない。その堕落しきった魂を喰らい、自らの魔力を高めるためにやっている。正直、感謝される数が増えると、神から自己犠牲の精神として褒められ、魔力を削られることになってしまう。
「矛盾してしまうのが、なんとも面白いところだけどね」
メフィストがそう言って苦笑していると
「旦那様はお優しすぎるのよ」
と、ドアをノックもせずに開け放ったリリスが笑顔で指摘してくる。それにメフィストは肩を竦めて
「最も魂の堕落が高まるのが、やっている最中だから仕方ないよ」
と返しておく。
「まあね。でも、それならば被害に遭いそうだった娘たちの魂でも喰らって、減少分を補えばいいじゃないの」
しかし、リリスはおかしすぎるとばかりに笑ってそう指摘する。
「下位悪魔じゃないんだ。そんなことはしないよ」
だが、メフィストはそれにも冷静に返した。
二人のやり取りを、サルガは我関せずという顔で聞いている。
「面白くないわねえ。ねえ、それでサタン様やルシファー様に勝てるのかしら」
「気長にやるのが一番だよ。それに、悪魔は意外にも気長な生物だ」
「まあ、そうねえ」
リリスがやや納得したところで、言い合いは終わりになった。これも余興の一つだ。
「それでリリス。わざわざ執務室までやって来た理由は?」
何もなしにここまで来ないだろうと、メフィストから訊ねる。すると、リリスが蠱惑的に笑った。
「そうだったわ。私のお友達の、淫魔からの情報よ」
「おやおや」
それは面白そうだねと、メフィストはにやりと笑っていた。
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