第5話 血の貴婦人

 リリスから最近の働き具合を訊ねつつ食事をすること一時間。リリスは眠くなったと自室へ去って行った。悪魔らしく昼夜逆転生活をしているのだ。食事に付き合ってくれただけでも奇跡だろう。

 とはいえ、メフィストだって昼夜逆転生活で通したいと思っているのに起きている。それが人間として振る舞うと決めたものの義務だ。今日も人間の貴族としての仕事が目白押しである。

「さて、頑張りましょうかね」

 立ち上がると、サルガに執務室にいると告げて食道を出た。ふと窓の外に目を向けると、霧の国らしく曇り空が広がっている。しかし、そんな空の色を吹き飛ばすかのように、庭には綺麗なバラが咲き誇っていた。

「庭師はしっかり働いているようだ」

 それを確認し、メフィストは執務室のある二階へと向った。



「旦那様」

 執務室で届いた手紙に目を通していると、アガリがやって来た。アガリはリリスとあまり顔を合せようとしないから、普段よりも遅くにやって来たのだ。

 そんなアガリは正しくはアガリアレプトといい、あらゆる秘密を知ることが出来る能力を持っている。だからこそ、どこで誰が悪魔に魂を売ったのか、また、魂を売ったような所業をしているのかを掴むことが可能なのだ。

「また感知したのかな?」

 メフィストは仕事の手を止めないまま訊く。今日は重要な書類があれこれ届いていて忙しいのだ。

「はい。それもどうやら貴婦人のようです」

 しかし、次の言葉に手を止めることとなった。

 貴婦人。やはり、その柔らかな魂はメフィストにとって抗い難い魅力を持っている。

「それは美味しそうだね」

 思わず舌舐めずりしてしまう。と、そこに休憩用の紅茶を持ったサルガがやって来て、こほんと注意の咳払いをされてしまう。

「どういう状況だ」

 メフィストは気を取り直し、アガリに報告を促した。メフィストの好みと解って報告に来たということは、すでに詳細も解っているはずだ。

「はい。東部でワイン製造を行っているダレス侯爵、その奥方です」

「ほう。ワインねえ」

「ええ。そのせいか、彼女は血の力に魅入られたようです」

「ほう」

 わざわざワインというから何かと思えばそういうことか。メフィストはすっと目を細めてしまう。

「血に特別な力があると思い込むものは多いですね。そしてそれは、女性に顕著ですね」

 サルガは紅茶を注ぎ、それとクッキーを取り分けながら顔を顰める。悪魔でもあるまいし、血を飲んだところで身体の組織が変化することはない。それを知っているからだ。

「まあまあ。それで侯爵夫人は悪魔に感知されるほどの血を好まれているのかい?」

 メフィストはサルガの淹れてくれた紅茶に口を付けつつ、報告の続きをとアガリを促す。

「はい。最初は生娘の血を啜り、肌に塗る程度だったようですが、最近では二十人ほど用意させ、その血を総て搾り取り、生き血風呂に入っているようですね」

 さすがにそこまで覗きませんでしたがと、アガリは苦笑している。よほど陰惨な場面だったのだろう。そんなものに優雅に入っている女なんて、見ていても仕方がないと思っているようだ。

 そういうのは好みの差なので、メフィストは特に注意しない。

「頻度は?」

 気になるのはこちらだ。二十人の生娘を用意するとなれば、それなりに大変だろう。領地から賄うとしても、この間の子爵とは数が違って大変だ。しかも、質にも拘っていることだろう。

「二週間に一度ですね。周辺ではすでに娘を他の地に逃がすという騒ぎになっているようです。しかし、侯爵家の使用人たちが必死に探し回っているようで、すでに百人は犠牲になっています」

 アガリは執念が違いますねと肩を竦めている。

 子爵の場合は徐々に残虐性を帯びていたために、メフィストたちに感づかれることとなった。しかし、殺している数は一桁違う。

「美のためなら、か。我らも少し欺かれてしまうね」

「ええ。純粋な目的であればあるほど、狂気が強まらないと感知できません」

 被害が拡大したことを嘆いているわけではない。今回の魂はきっと今まで以上に美味しいだろう。それが悪魔たちの思ったことだ。

「メフィスト様にとってよい魂ですね」

 サルガがそう同意したことで、夫人が次の凶行に及ぶ時に狩ることが決まったのだった。

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