第4話 リリス
この日、メフィストは早くに目覚めた。
皮膚にねっとりと纏わり付くような気配。それに起こされたのだ。
それは不快なもので、悪魔であるメフィストにさえ影響を及ぼす何かだ。
「ちっ」
先ほど寝たばかりなのにと舌打ちしたが、カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。どうやらそれほど早く起きてしまったわけでもないようだ。
「おはようございます」
身を起こしたところに、タイミングを見計らっていたように執事のサルガが入ってきた。
「おはよう。何だか妙な気配を感じたんだが」
サルガがすぐに淹れてくれた紅茶を受け取りつつ、それを確認する。するとサルガは大きく頷き
「先ほど、リリスが帰ってきたからでしょう」
と教えてくれた。
なるほど、一応は女中頭の地位を与えているあの奔放な悪魔のせいか。
メフィストはほっとしたものの、それにしては不快な気配だったと眉を顰める。
「どうやら今回の獲物は相当彼女に入れ込んでいるようですね。少し出てくるというリリスへの様々な感情がここまで流れてきて、メフィスト様を不快にしているのかと」
それに関してサルガがいい分析をしてくれた。
人間の纏う嫉妬、独占欲、そして自分の元を離れるかもしれないという恐怖。それらが強く混ざり合っていたから、気持ち悪く感じたのだ。
そういったものに染まった魂が自分たちの糧になるというのに、それが不快というのは不思議なものだが、純然たる悪と単なる負の感情の差というべきか。
「熟成が足りないようだな」
というわけで、メフィストはそう結論づけた。リリスに入れ込んではいるが、魂の堕落には少し足りない。そういう段階なのだろう。
「ええ。ですからしばらくはこちらにいるようですね」
えげつないですよねと、同じ悪魔のサルガがそんなことを言う。
「お前が言うなよ。サルガタナス」
メフィストは楽しそうに窘めた。それに、サルガはそういう感情を透視出来るのも私ですからと平然としたものである。
「確かにな」
サルガタナスは人間の秘めた気持ちを見通すことが出来る。さらに記憶の改竄もお手の物という悪魔だ。この執事のおかげでメフィスト=レスターの正体はばれず、不思議な噂だけで済んでいるという一面もあった。二人が手を組んだのは、ある意味自然な流れだった。
そして、そんなメフィスト=レスターの正体はメフィストフェレスであり、召喚者を欺いて魂を奪うとされる悪魔だ。しかし、その実態は悪魔に魂を売り渡した人間の魂を狩っている。
狡猾なイメージはそのままに、人間の魂を狩りやすくするために人間の貴族に紛れ込む悪魔。それがこの城の主だ。
「でも、悪魔の館に最も相応しいのは、リリスだろうね」
身支度を始めたメフィストは、くすりと笑ってそう呟いていた。
メフィストが食堂に降りて行くと、久々に顔を見せたリリスが寛いでいた。紅茶を飲みながら、頬杖を突いてのんびりしている。女中頭という地位を考えると不自然極まりない姿だが、人間がいない空間ではそれを注意しないようにしている。
それだけリリスという悪魔は別格だ。アダムの最初の妻だったとことを思い出せば、わざわざメフィストに仕える形で人間に紛れているのが奇妙だ。
上位悪魔しかいないこの館においても、その存在はさらに上だ。メフィストは遊ばれているのだろうなと、リリスと喋る度に思っている。
「あら、伯爵様。ご機嫌よう」
リリスはメフィストに気づくと優雅に微笑んでみせる。
「ご機嫌よう、リリス。どうだ? 一緒に食事でも」
「いいんですの?」
「もちろん。私を楽しませるのがあなたの仕事だ」
リリスにも同じ朝食を用意するようにサルガに命じた。サルガは慇懃さを崩すことなく、承知しましたと下がった。
「サルガも人間の振りが上手くなったわねえ」
それにリリスは面白いわと艶美な笑みを浮かべる。人間の男だったらイチコロだろう。
「最近では貴族としての仕事が忙しいからだね。執事として同行する場面が増えたからさ」
メフィストはころころと変わるリリスの顔を楽しみながら答えた。本人を前にすると、あの不快だった気配が消えるから不思議なものだ。それだけ彼女の毒が強いということだろう。
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