第2話 ベルヴェット子爵

 そしてそれを解ってからかっているのだから、メフィストは少し意地悪である。

「メフィスト様、こちらを」

「ああ」

 見かねたサルガがメフィストに朝刊を手渡し、そこでタルウイは難を逃れた。

 メフィストがパラパラと朝刊を眺めていると、サルガが朝食を運んで来た。横で手伝っているのは先ほどと違い、豊満なボディをメイド服に包んだ美女だ。

「グレモリー。リリスはどうしたんだ?」

 彼女が給仕にやって来るのは珍しいので、メフィストはつい確認する。するとグレモリーは嫋やかに微笑むと

「昨夜から悪しき魂を持つ者と戯れておりますわ。いずれ、旦那様がお気に召す状態になるかと」

 と報告してくる。

「なるほど。それならば仕方ないな」

 くくっと笑いつつも、精が出ることだとメフィストは肩を竦めてしまう。悪しき魂が増えるのは好都合だが、こうも連続だと胃もたれしそうだ。

 そんなことを思いつつも、しっかり用意されたフルーツサンドを食べるメフィストだ。変わり者揃いのこの屋敷でも群を抜いて変わっているシェフは、いつもメフィストを楽しませてくれる。

「メフィスト様。ご報告させて頂いてもよろしいでしょうか」

 そんなフルーツサンドを食べ終わる頃、屋敷では一応家令の立場にあるアガリがやって来た。燕尾服を纏い、それらしい装いをしているが、彼が外向きに働くことはない。五十代に見えるが三十代にも見えるという不思議な顔立ちの男だ。

「もちろんだとも。北部だそうだな」

 メフィストは食後の紅茶を飲みながら訊ねる。

「はい。すでに誰か特定できております。ベルヴェット子爵でございます」

「ほう」

 昔から良からぬ噂のある子爵だなと、メフィストはにやりと笑う。堕ちるのは容易かっただろう。

「殺人の快楽に取り憑かれておるようですね。最初、奴隷を買い上げて殺していたようですが、最近では町の浮浪者にも手を出し始めたとか」

「ふうむ。人間的には拙い所業だな」

 言いつつ、メフィストの口元は面白いと笑みを浮かべている。

「ええ。ですが、悪魔の気配は感じ取れませんでした。単純に魂が悪しき方へと傾いているようですね。あまり旦那様の糧とはなりませんが、他の悪魔が手を付ける前の魂。味は保証いたします」

 アガリはそこでにやりと笑う。それにメフィストも笑いで返した。

「こんな世の中だからこそ味わえる魂というわけか」

「はい」

「いいだろう。今夜にでも刈り取ろうか」

「承知しました」

 こうして朝の穏やかな一時に、黒い霧が滲むのだった。



 さて、その問題の北部にあるベルヴェット子爵の領地では、今日も血腥い臭いが立ち込めていた。

 使用人たちは自分たちが犠牲者に選ばれては困ると、子爵の所業については見て見ぬ振りだ。今日も淡々と、ただの肉の塊に変わったモノを片付けている。

「もう少し面白いものはないか」

 三十代半ばの子爵は、一面に広がる血の跡を見て、楽しそうに呟く。

 殺しがこれほど面白いものとは、つい最近まで知らなかった。

 たまたま町中で見かけた奴隷の目つきが気に食わなかっただけだ。そいつを買い上げ、試しに殺してみたところ、狩りにはない面白さがあった。

 何より動物と違い逃げ惑い方が違う。これが面白くて仕方がない。さらには知恵を絞って何とか出し抜こうと無駄な足掻きをするものだから、あれこれ方法を変えて試したくなる。

「くくっ。今度はこれでも使ってみるか」

 そして子爵は、この間取り寄せた拷問道具を取り上げてにやりと笑う。

 慣れないうちは一月に一人ほどだったが、最近では一週間に二人は殺さなければ気が済まなかった。おかげで奴隷では金が掛かって仕方がないほどだ。

 そこで、最近では使用人に彷徨いている浮浪者を捕まえさせてある。税も払わずこの土地にいる連中だ。そのくらい役に立ってもらっても文句はあるまい。

「くくっ、夜が楽しみだ」

 黒い霧が自分の周囲を取り囲むのにも気づかず、子爵はにやにやと笑い続けるのだった。

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