霧の国の悪魔~迷える魂は伯爵の手の中に囚われる~
渋川宙
第1話 メフィスト=レスター
女王が統べる霧の国・フォグランド。
ここに一人、不思議な噂が付き纏う貴族がいる。
港を擁する領地を持つこの貴族は
「あなたの魂、私の贄となるがいい」
悪しき魂を喰らう力を持つという・・・・・・
フォグランド南部。海に近く小さな港があり、そこからすぐ近くには長閑な田園風景が広がるのは、メフィスト=レスターという伯爵の領地だ。
伯爵のカントリーハウスは田園を抜けた先の丘にあり、領地と伯爵のプライベートな地を分けるかのように石造りの橋があって、その橋を抜けた先にある重厚な石造りの美しい城がそれだ。
そんな城の主である伯爵は、金髪碧眼の美しい人物だと、領民たちからの専らの噂である。実際、見た物は息を飲む美しさであった。
「メフィスト様。そろそろご起床を」
そんな麗しき伯爵も朝は苦手で、いつも執事のサルガに起こされるのが常だ。ベッドの中、すっぽりと布団を被っているメフィストの身体を揺り起こすと、サルガは容赦なくカーテンを開けた。
「ううん。朝は起きたくないな。というより、本来は活動時間外だ」
布団の中から、メフィストの情けない声がする。見た目はすでに二十代後半になろうとしている人の言葉とは思えない。しかし、サルガが気になるのはそこではなかった。
「メフィスト様。そんなことを仰ってると、正体がばれて十字架に
穏やかだが本気で怒っている声音に、寝惚けていたメフィストはぱちりと目を開ける。そして、ああ、人間としての朝が始まったかと溜め息だ。
「おはようございます」
すかさずサルガが紅茶を渡してくる。それを受け取りつつも、メフィストは大きな欠伸をした。綺麗な顔も、寝起きは台無しである。
「昨日も夜遅くまで仕事だったからな。朝起きるのは本当に面倒だ」
「左様でございますね。とはいえ、これをなさると決めたのはメフィスト様ですよ。嫌ならば夜の国にお帰りになるべきかと」
「くっ、解ったよ。身支度をする」
「はい」
ようやくしっかり目覚めて紅茶を飲み始めた主に、三十代に見える執事はすぐに服の準備に取り掛かった。
それを横目に見ながら、解っていてネチネチ文句を言うんだよなあと、そんなことを思う。しかし、いくら元から主従関係にあるとはいえ、文句が言いたくなるのも解っていた。
だが、これも自分の力を蓄えるため。止めるわけにはいかない。
メフィストは紅茶を飲み終えると、貴族としての自分を纏い、完璧な笑みを浮かべてみせる。
「そうそう。昨日の今日でと驚くのですが、アガリがまた反応を捕らえたそうです」
気合いの入ったメフィストに向け、今日の服装を選び終えたサルガがそう教えてくる。
「ふむ。こちらとしては好都合だが」
「少々多いですね。ここ五十年来なかったことです」
「おい、お前も気をつけろよ」
「失礼しました。しかし、ここのところ、悪に傾く魂が多いと感じますね。単に悪魔の仕業と片付けられないものも多々ありますし」
サルガはワイシャツを広げつつ、やれやれと首を振る。
「ふふっ、それだけ社会の構造が変わったということだよ。このレスター家も安寧を貪っているわけにはいかず、製鉄工場なんて始めたほどだ」
「そうでしたね」
頷きつつ、そういうところは抜かりがない主だとサルガは満足そうに微笑んだ。
このところ社会にある大きな動き、いわゆる産業革命と植民地の拡大で、貴族とはいえその威光を翳してばかりはいられない時代がやって来た。
商人から税を重くしてして何とかしようとする貴族もいるが、それがいつまでも通用するとは思えない。どんどん時代は変わっていく。そこを理解しているかどうかが、今後、生き残れるかどうかに繋がっていくことだろう。
その点、若き伯爵のメフィスト=レスターは如才なかった。すぐに鉄の時代が来ると見抜くと、製鉄工場を設立してみせたのだ。そこから派生して色々と商売をしているのだから、ただの貴族とは思えない。
実際、このレスター家はただの貴族ではないのだが、それを除いても完璧な対応というべきだろう。
もちろん、それだけでフォグランドの貴族は務まらず、産業革命が起ころうと領地の経営は依然としてしっかりとせねばならず、さらに貴族院への出席と忙しいものだ。しっかりと会社を経営するまで出来ない貴族が多くても、そこは非難できないほど大変なのだ。
「会社経営に関しては問題ないからいいとして、アガリの感知した反応だな」
「はい。どうやら北部の領地でのことのようですね」
そんな話をしている間に身支度が終わり、メフィストは食堂へと向う。すると、メイドの一人、タルウイが食器を並べていた。
「おはようございます、旦那様」
タルウイが慌てて挨拶するので、メフィストは大丈夫だと笑い
「おはよう。今日の朝食は何かな?」
と訊ねた。
「はい。今朝はいい果物が手に入ったことから、フルーツサンドがメインだそうです」
「ほう。相変わらず、うちのシェフは変わっている」
「ええ。って、あっ、いえ」
メフィストの言葉に思わず頷いてしまったタルウイは慌てている。タルウイは別の国からこの地にやって来て使用人をやっているからか、こうやって戸惑うことが多いのだ。
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