第2話


 これまでの人生で、こんなことを思ったことはありませんか?

 ──時間が巻き戻ればいいのに。

 現代の技術では、過去に戻ることはできません。

 それでも、たとえば青い鳥の口を借りて、時間を巻き戻したい、過去に戻りたい、とにかくやり直したいという声は日々絶えることはなく。

 その声に、心を痛めた末に、寄り添おうとした時計職人がいました。

 ある時から、その職人が作る時計は全て逆回りに動くようになったのです。

 物理的にどうにかすることはできない。

 ならせめて、気分的にでも、巻き戻した気にさせてあげられたら。

 それなりに腕の良い職人でしたが、そんな時計を作るようになったせいで、仕事が激減しました。

 そもそもお金を得る為に作ったわけではないので職人は気にせず、来る日も来る日も逆回りの時計を作り続け──ある日、店に借金取りの人達が来ました。

 時計製作の仕事がほぼなくなったので、そういう所からお金を借りて生活していたのですが、返済期限が迫っても何もせず、ひたすら時計を作っていた為に、向こうから来てしまったのです。

 さて、どうしましょう。

 お仕事紹介しましょうかと提案されても、職人はうんうん唸りながら、時計作りの手を止めなかったので、借金取りの人達は次第に怒り出し、特に血の気の多い若者が、職人の手を壊してしまおうと動き出すのでした。


◆◆◆


 何の話を聞かされているんだろう。

 逆回り時計のことを訊いたはずなのに、何か途中から穏やかじゃないんだけど。

 困惑する私に気付いてくれたようで、

「失礼、お嬢さんに聞かせる話ではありませんでしたね」

 そう微笑み、まあ色々ありまして、と言いながら、彼の傍にあった置き時計を手に取った。

「その職人を雇いたい、と申し出る物好きがその場にいたおかげで、職人が手を壊されることはなく、今でもこうして逆回りの時計を作れています」

「……」

 突っ込んでいいものか。

 いや、どこに突っ込むべきか。

 私はどちらかというとボケだというのに。

「それで、お嬢さん」

 何も言わずにいたら、男の方から話を変えられた。

「お嬢さんにはそういう経験はありませんか?」

「……っ」

 借金取りに取り立てに来られた経験、ではないだろう。

 逆回りの時計が必要になるような、そんな経験。

「──お嬢さんには、やり直したい経験、ありますか?」


 三歩さんぽちゃん、三歩ちゃん!

 あの女の人、すっごく楽しそうにピアノ弾いてた!

 ピアノ弾く人って、本当にあんな風に頭が動くんだね!

 ……今からでも、遅くないかな?

 私もちょっと、やってみたいかも。


 ──いいじゃん、やってみなよ織愛おりえ


「お嬢さん、どうします?」

 本当に、何となく。

 単なる暇潰し。

 お小遣いで買えそうな、可愛い腕時計でもあれば、なんて考えながら入っただけ。

 物理的には何の救いもない。──そもそも、そんな必要もない。

 後悔なんてほんの少し。

「……お兄さん」

「はい」

 まるで宝石みたいに煌々と輝く、黒い小振りの腕時計を手に取って、彼に訊いた。

「これ、おいくらですか?」

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