屋計時な妙

黒本聖南

第1話


 チクタクチクタク音がする。

 当然だ、そこは時計屋なのだから。


◆◆◆


 とある日の放課後、いつもとは違う道を進んだ。

 いつも一緒に帰る友人が、習い事で先に帰ってしまったというのもある。

 真っ直ぐ帰るのもつまらないし。

 今時古風なセーラー服の裾と、中途半端な長さの焦げ茶の髪を揺らしながら、私は行く。

 立ち寄るなと言われている商店街を歩いていき、

 住宅街に続く脇道に逸れていき、

 誰かが植えた季節の花々が咲き誇る道を進んでいき、


 そうして私は、時計屋の前に辿り着いた。


 背の低いマンションとマンションの間に建った、更に小さなその建物。

 どことなくキノコみたいな形をしている。

 焦げ茶色の丸っこい屋根、薄汚れたクリーム色の壁。

 真正面に、木製の両開きの扉があって、傍には『いさだくり入おに由自ご 屋計時』と書かれた看板が置かれている。

「……」

 時計屋、ご自由にお入りください、と書かれているんだろうけど。

 何で逆に書かれているのか、店主のこだわりか?

 一応これでも花の女子高生。

 どことなく怪しげなお店に一人で入るなど、何があるか……。

 けれど──何となく、本当に何となく。

 単なる暇潰しに、私はその店に入ることにした。


◆◆◆


 茶色、いやセピアかね。

 床も壁も、古びたレジとそれが載った机も、腕時計や懐中時計、それに置き時計がいくつも並べられた台も、何もかも、色褪せた大昔の写真みたいな色をしている。

 ノスタルジックで、どことなく淋しい店だった。

 客の一人もいやしない。

 そんなにごちゃごちゃと物が置かれていない。

 時計しかない。

 右を向いても、左を向いても。

 台に置かれた時計はもちろん、壁に掛けられた時計も。

 ──チクタクチクタク。

 時計だけは色が付いてる。

 白かったり黒かったり、赤かったり青かったり。

 来る途中の花々のように。


「おや? 久し振りのお客さんですね」


 声を掛けられる。

 どこか甘みのある、若い男の声だ。

 視線をそちらに向けると、いつの間にかレジの傍に、声の主と思しき男が立っている。

 微妙に艶のない黒髪は肩に着きそうな長さで、前髪ももう少し放置していたら目が隠れてしまいそう。

 まだ隠れきっていない男の目は一重のようで、垂れてるせいか優しそうに見える。

 シンプルな白いワイシャツ、黒いベストとパンツを身に纏うその姿は、全体的にひょろっとしている。

「二ヶ月、いえ三ヶ月振りですかね。こんな若いお嬢さんが来るとは」

「女学生はダメですかね?」

「女学生、とは古風ですね」

 男は苦笑いを浮かべながら、私の方に近付いてきた。

「大丈夫ですよ。老若男女、どなた様でも歓迎です」

「それは良かった」

 無感情にそう言いながら、時計の置かれた台に視線を向けた。

 置き時計と懐中時計はそれぞれ別の台に置かれており、腕時計の方を見てた。買うとしたらこっちだと思うから。

 ただ、そうして目を凝らして初めて気付いたこともある。

「……これ、全部そうですか?」

「うちはそういう店です」


 そこにある時計は、針が全て逆に動いていた。

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