第13話 東京地上博物誌
薫子先輩はそのあと、生物についての質問を続けた。ネズミや野犬、カラスといった在来の害獣以外にも、僕たちの知らない大型の生物が何種類か、荒廃した関東平野をうろついているらしいのだ。
一つ、「オオカミモドキ」
毛色や体型はまちまちだが、いずれも凶暴で通常の野犬よりはるかに大きな体躯を持つ、イヌ科の動物。三頭から七頭くらいの小規模な群れ単位で行動し、餓えていれば人間を襲うこともある。
一つ、「エドエックス」
怪物めいた大きさの、毛の長いイノシシめいた生き物。雑食性で、防備の不十分な耕地はしばしばその被害を受ける。美味な肉が大量に手に入るため、武器や人数など条件の整った集団であれば、逆に狩の獲物として追い回すこともあるという。
こちらはおおよそ正体の見当がついた。ノゾミの知っている話を僕たちの知識と照らし合わせてみるに、かつて食用のブランド品種として改良、飼育されていた豚が逃げ出して野生化したのではないか、と。
「昔聞いたところによると、豚は飼育下の環境を離れると先祖がえりを起こして、イノシシそっくりになってしまうのだそうだ。エドエックスというのも多分そのたぐいなのだろう」
そうだとしても、よくぞ今まで生き延びてきたものだ。
耕地の話が出たついでに、先輩はノゾミに現在の農業についても訊いていた。
稲作は廃れてしまったらしい。水田について尋ねてもノゾミはきょとんとした顔をするばかりだし、少なくとも水稲は作られていないようだ。
「何ということだ。ご飯が……」
「ご飯、ないんですか……」
僕たちは顔を見合わせてうめいた。
で、現在の主流の作物は、荒れ地に播きっぱなしでもそこそこの収穫が見込める「ネコネコ麦」と呼ばれる穀物だそうだ。
「このくらいの長さでねー」
ノゾミが手のひらを向かい合わせにして、三十センチほどの大きさを示した。
「ネコのしっぽみたいなふさふさの大きな穂ができるの。それを棒でやさしく叩いて、カラを吹き飛ばすと後に小さな固い粒が残るから、集めて煮て食べる」
ノゾミが身振りを交えて解説したところから察するに――
「……野生化した粟と近縁のエノコログサが交雑して、どこかの時点でより『n』の大きな倍数体になったのだろう」
さすが先輩、生物部部長の経歴は伊達じゃない。高校生だったころに身に着けたような広く浅い知識、雑学は、たぶんこういう状況ではなまじな専門知識よりも役にたつ可能性があるのじゃないだろうか。
インタビューが一時間を超えたあたりで、さすがにノゾミは疲れた様子を見せた。
「お腹いっぱい……たくさんしゃべったし、眠い……」
「ふむ、じゃあそろそろ休んでもらう方がいいな……マヤ!」
「お呼びですか、ドクター」
「この子をどこか開いてるリカバリーに入れて、寝かせてやってくれ。簡易寝台を出して、毛布を多めにな。あとは、トイレの使い方を教えておくように」
「かしこまりました。それで、この女性の扱いはどのように? 一般患者ですか、それともサンプル――」
「そうだな、ノゾミは――私の大切な客人だ。高井戸くんと同様、丁寧に接遇してくれ」
「かしこまりました。では、ノゾミさまとお呼びしましょう。さ、ノゾミさま。お部屋へご案内しますよ」
ノゾミはマヤに手を取られると、びくりと身を震わせた。
「え、え……この人、なんか変! 手、冷たい!」
「おや、これはいけませんね。食材を触ったので低温にしたままでした」
「急にあったかくなった!?」
アンドロイドなんてものをノゾミが知るはずもない。不安そうな彼女は、そのままひょいっとマヤに抱え上げられ運ばれていく。
「さあさあノゾミさま、一緒に参りましょう。花を飾ったきれいなベッドに、素敵な衣装もたくさんありますよ」
「いやーっ、か、かーるこ、助けて―……」
先輩が苦笑した。
「何だ、もう助けを求める対象になってしまったのか、私は」
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