第11話 人類は衰退しつつありました(2)


「はあ……そうかあ。お前たち、先輩に名前つけてもらったんだな……」

所在なく11型を撫でまわしていると、ドアが開いて薫子先輩が僕を呼んだ。

「入っていいぞ」

「あ、着替え済みました?」

 ほっとしながら肩越しに振り返る。

「うむ。一人なら苦労したところだが、マヤがいて助かった」

「ああ。よかったです――僕ではお役に立てませんからね」

「拗ねるな拗ねるな。あー、なんなら……あとで手伝ってくれるか、私の着替えを?」

「え?」

 またしても頭にカッと血が上がる。立ち上がって体ごと向き直ると、先輩は今にも吹き出しそうな顔で僕を見ていた――からかわれた!!

「先輩ぃ! ひどいじゃないですか、もう」

「はっはっは、なあに今日は冗談でもいずれは現実になるさ」

「またそういうことを……」 

「ともあれ、もうすぐ彼女も目覚めるだろう。ここからは君も立ち会ってくれたまえ」

「分かりました……暴れ出したりしないでくれるといいんですけどね」

 先輩はまだ楽しそうにニマニマしている。暴れたくなるのはむしろ僕の方だ、まったく。


 処置台の上の女の子を見下ろす。汚れのひどいところを先輩がアルコールか何かで清拭したらしく、顔などは見ちがえるように白くなっていた。ところどころに拭き残しの黒ずんだ縞模様があるのはご愛敬。

 若い女性と見当はつけていたが、こうしてみるとむしろ幼い。多く見積もっても十五歳かそこら、下手するとそれ以下か。

 頭の周りに広がった明るい茶色の髪が目立つ。目鼻立ちは整っている方で、制服でも着ていればクラスの人気者になれそうな感じだ。

 やがて彼女のまぶたがひくひくとうごめき、不意にぱっちりと開かれた。一瞬遅れて、ひゅ、と息を飲む音。

――何? 何よ、ここは!? 

 周囲の景色に違和感があるようで、しきりに首をひねって辺りを見ようとする様子。起き上がろうとして手足を拘束されていることに気づき、愛らしい顔に絶望の色が浮かんだ。

――ちくしょう、あたしをどうするつもりだ! これをほどけ!

 少し離れて見下ろす僕たちに気づいて、女の子はこちらへ顔を向けた。薫子先輩の姿をじっと睨みつけている。

「ごきげんよう。ここは私の研究所だ。負傷して地面に倒れていた君を、私たちがここへ運び込んで治療したのだよ」

 薫子先輩がゆっくりとそう説明する。女の子は震える声で「けんきゅじょ……」とつぶやき、その顔に浮かんだ表情が、さらに暗くなった。

「や、大丈夫だよ。薫子先輩は君を助けてくれたんだって」

 僕が手ぶりで先輩の方を指し示しながらそう言った途端。女の子は「かーるこ!?」と叫ぶと、火が付いたように泣き叫び、手足の拘束を引きちぎろうともがきだした。

「カールコ……魔女……! おしまいだ! あたしはおしまいだ! じっけんざいりょーにされる、ばらばらのどろどろにされるんだ!」


「な、なんだかえらく恐れられてるようだが……外ではいったいどんな風評なのだ、私は?」 先輩がさすがに傷ついた顔をした。

――ふぅ。

 ため息を一つついて、僕は女の子に話しかけた。

「安心して、大丈夫だって。薫子先輩は君を実験材料にしたりしないよ、研究の目的はもう果たされてるし――」

「う、うむ! そうだぞ! 少なくともあの野盗どものように棒で殴ったり、剣で斬りつけたりはしない」

 薫子先輩が食い気味にかぶせてきた。左腕をむやみにぷるぷる振り回しているのが目に入ったが、この弁明、内容的には全然この子を安心させられない気がする。

「先輩はね、すごく優しい人なんだ」

 時々悪ノリするけどね。

「この研究所に運び込まれた以上、君は僕たちの――なんていうかな、身内とか、仲間とかそういう扱いになるわけで……大事にしてもらえると思うんだ」

「うむ、もちろんその通りだ!」

「……ほんとーか?」

 女の子は疑わし気に僕たち二人を見比べる。僕と先輩はほぼ同時にうなずいた。

 こちらの存在を外部に対して秘密に保つなら、そうせざるを得ない。身内扱いとはつまり、ラボに引きこもる仲間にするということだ。

「これ、ほどいて」

「暴れないと約束するならね」

 分かった、とうなずく女の子。手足を拘束具から外してやると、彼女は力が抜けたようにまた処置台の上に頭を落とした。

「……どれー屋、どうなった?」

 女の子は目を閉じたまま不意に質問してきた。その聞き慣れない響きに、一瞬とまどう。

(どれーや……もしかして『奴隷屋』、といったのか?)

「君と一緒に移動してた人たちのことかい?」

「そーだよ。あたしはバケツ十個と引き換えに売られて、コーエンを出てきたの」

「バケツと引き換え、だと?」

 先輩の表情と声が急に険しいものになった。

「つまり何か。今の世界では、人身売買が公然と行われている、と」  

 どうやらあの商人たちは、およそ人間の社会に存在する中で、最も忌まわしい種類の商人だったらしい――そしてそれをさらに野盗が襲う。そういう世界だということか。

「君の同行者は三人とも死んだよ、野盗どもに斬り刻まれて」

 そう答えながら、先輩は少し後ろめたそうに僕の方を見て、首を横に振った。


「そうかー……」

 女の子は目を閉じて寝そべったままため息をつく。

「あーあ。どこに行くアテもないし、コーエンにも帰れない……ね、あんたたち。あたしの値打ちってどのくらい?」

 彼女の真意は僕にはよくわからなかった。それに先輩が首を振った意味も。先輩は自らに値付けを求めるその子に対してこういった――

「君の値打ち? そんなものすぐに決められるわけがあるか。だが、とりあえず私たちと食事をしないか。同じ食べ物を囲んで、だ」

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