第9話 人間狩猟機出撃す

 真空容器の中で保存されていたそれは、爆砕ボルトの作動とともに梱包から解放され、総延長約二十メートルの斜坑から押し出されていった。

「ふふっ。さすがだな高井戸くん」

 先輩は妙に上機嫌で、モニタをドローンのカメラ映像に切り替えた。映像にマイクからの音声が加わって、臨場感が倍増しになる。

 画面の向こうでは、女の子ががれきに足を取られて地面に倒れ込んだところだ。そこへ追手の一人がナタのような武器を振りかざして迫り――

「させん!」

 パァン! ――乾いた破裂音と共に、野盗の頭が激しくブレる。人間狩猟機の火器が火を噴いたらしい。野盗はその場にばったりと倒れ伏した。

「う、うわ……これ、死んじゃいました?」 

「いや。今のは鎮圧用のゴム弾だ」

「よかった――」

 ほっと息をつく。だが実際はあまり良くなかった。追手が手も触れずに打ち倒されたのを見て、逃げていた暫定「商人」たちはさらに恐慌をきたしてしまったようだった。


〈な、何だアレは!〉

〈カールコのしもべかも……ああ、お助け下さい!〉


「あ、馬鹿ッ……何やってる。止まってしまっては……!」

 先輩が舌打ちをして毒づいた。彼らはあろうことか、地べたに座り込んで天を仰ぎ、何かに祈るようなしぐさを始めたのだ。当然のようにそこへ追跡者たちが殺到した。駆け込みざま、棍棒の一撃で一人が地面に打ち倒される。

「ちぃっ! いっそ単分子ワイヤーで……いや、それは駄目だ」

 先輩はそう呻いて首を振ると、モニタ前の座席から立ち上がった。ドローンはそのまま直進を続け、追手の野盗たちもそれに気づいて身構える。


「私自らが出る! Y48、ここは任せた。制御卓から11型で援護してくれ」

 そういってドアへ向かう先輩に、アンドロイドが微笑みながら返した。

「マヤです、ドクター」

 マヤは先輩に代わって席に着き、タッチパネルに手を伸ばした。

「マヤ?」

「はい。ワタシの名前です。和真さまに名付けていただきました」

「そうか! それは良かった、いい名前だ」

 先輩の口元がこの上なく満足そうにほころび、整然と並んだ白い歯がギラリと輝いた。

「高井戸くんに頼んで正解だったな」

「いえいえ。それで、『出る』ってつまりどうするんです?」

「『竹馬』を装備して、状況次第で実力行使。あの野盗どもを排除し、商人たちを保護する。君も来てくれ」

「もちろん! でもさっきの話からするとずいぶん思い切りましたね?」

 すると、先輩は笑顔をほんのりと赤らめて答えた。

「君がせっかく方針を決めてくれたのだ。なら、私だって良いところを見せたいと思うじゃないか」


 竹馬というのは、バッテリー駆動の外骨格型パワーアシスト装置――いうなればごく簡便な構造のパワードスーツだ。

原型は二〇六〇年代にはすでに存在していて、そっちは僕も見たことがある。老人介護施設や軍の輸送部隊などで使用していたもので、背中や足にかかる重量を分散させ、サーボ機構で筋力を代替して疲労を低減、着地の衝撃も和らげる、という程度のものだった。

 だが、現在の――僕がこの世にいなかった間に発展してできたものはもう少し異なっている。装着というよりは搭乗する、という感覚が近い程度に大型化し、使用者自身の足は直接地面にはつかない。

基本的には座席と脚部だけのマシンだが、オプションとして大パワーのものや精密作業用など、各種のマジックハンドを装着して運用できる。正直、実物を初めて見たときはかなりテンションが上がった。

「急がねば。使い方は頭に入っているな?」

「ええ、まあ。シミュレーターをざっと百時間はこなしましたからね。それも結構先のシナリオまで」

「そうか。男子というのはやはり、こういうものが好きなのだなあ」

 格納庫で先輩と互いにチェックしつつ、大急ぎで竹馬を装着した。ディスプレイ付きの情報端末と、視線入力装置を兼ねたゴーグルも。

「さっき言った西国分寺への地下通路を通って、そこから現場へ向かう――マヤ、聴こえるか」

 先輩はインカム越しにマヤへ指示を飛ばした。

「賊といえども殺傷は避けたい。11型に装備のゴム弾か麻酔銃を使い、可能な限り無力化にとどめろ」

〈ドクター、麻酔銃は単発ですし、再装填に二十秒ほどかかります。商人の救助にはもっと迅速な手段が必要かと〉

「む……では、無法者どもには機銃を――だがあくまでも威嚇にとどめるのだぞ。追い払えばそれで済むことだ」

〈かしこまりました〉

 マヤとの通信を切ると、先輩はひとつ大きなため息をついた。

「……良い子だよ。医療用に作られ最適化されているから、基本的に人命の喪失を回避したがる。だがそれでも、私の指示に目的と矛盾したところがあれば、ああやって指摘してくれる」

「そのうえ服まで作っちゃうんですよね……凄いな」

 ともあれ僕たちは竹馬を起動させると、通路を走り始めた。


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