第2話 博士の奇妙な相棒
三十二人? いったい何の話だろう?
「そして私がアンカーとして、君を迎える事になったのだな。何という晴れがましい日だ」
胸を張って誇らしげに笑った次の瞬間、先輩は膝から崩れ落ちて、僕の目の前に両手をついた。
震える指を伸ばし、こちらへにじり寄って僕の肩を掴む。
「だめだ、足に力が入らん……しばらくこうして居させてくれ……」
そういうと、彼女はそのまま僕の肩を両腕で包み込み、しゃくりあげながらとめどなく涙を流し続けた。
目の前にいる薫子先輩には、少しだけ奇妙なところがあった。いつも見ている顔よりも、少し目鼻立ちが幼く見える気がする。
肌の色はやけに白いし、服装も奇妙だ。体に貼りつくアンダーウェア風のものの上に、医者が着るような白衣をはおっている。
服と言えば。僕は自分が全裸のままなのに今さら気が付いた。
(やっべえ……)
せめて前を隠したかったが、両腕は体重を支えるためにさっきの容器にしがみついたまま。膝はぶるぶる震えて今にも崩れそうだ。
おまけに薫子先輩が密着間合いにいるせいか、体の一部が困った状態になりつつある。
「あっ……」
先輩がそれに気づいて眉をひそめた。顔が真っ赤に染まる。
「せ、先輩、これはその……」
「ああ、その、落ち着け。気持ちはわかる……私だって同じだ。だが、今はまだまずい。今の君には無理だ」
なんだか微妙に誤解というか、すごく余計な気を回されてるような。
彼女は僕を横抱きに抱え込むと、そのまま崩れるように二人そろって床に座り込んだ。
そこへ、なにか車輪を付けた重いものが近づいてくる音。
――ストレッチャーをお持ちしました、ドクター。
美しいが、どこか無機質な感じのする女性の声。足音が間近に来て、止まる。
「プロジェクトは成功ですね、おめでとうございますドクター」
「ああ、ありがとう。そっと載せてくれ、Y48」
「はい。ではワタシが足を持ちましょう。ドクターはそのまま上半身を」
そういいながら声の主が僕の足元に移動すると、その姿が視界に入った。薄いピンク色の髪をショートボブに切りそろえた、ほっそりした姿の少女だ。
服装は黒いワンピースドレスにエプロン――これ、メイド服ってやつだろうか。
瞬間、真っ向から目が合う。少女の眉が不思議そうにピクリと動いた。
自分の状態を再び自覚する。僕は全裸で、そして――勘弁してくれ。
「ドクター、患者の体表温度が三十七度をマークしました。心拍数と発汗の増大も確認――何か重篤な病気なのでは?!」
「ん? ……ああ。いや、心配ない。これは彼のごく平凡な性的緊張に基づく反応で――」
「……先輩いぃ」
ちっくしょう、ひどい羞恥プレイだ。あんまりだ!
「落ち着きたまえ、高井戸くん。この少女のことは気にするな。これはY48型医療補助アンドロイドだ、人間ではない」
「め、医療補助アンドロイドですって……?」
いつの間にそんなものが。
「うむ。君が知らんのも無理はないが、百八十年ほど前に作られたものだ。少数が一般にも出回ったから、一応市販品ということに――」
こんなものが市販されたという記憶ははない。それが百八十年前に……?
「あー先輩、すみません。僕、ちょっと今、頭がいっぱいいっぱいみたいです。すこし、その……時間的な余裕を」
「む……分かった。そうだな、今の君にはそういう無理も禁物だろう」
先輩の言葉がまた妙に気にかかる。「今の君」ってどういうことだ。
「これ、ドッキリとかじゃないですよね……?」
「当たり前だ」
先輩は、きょとんとした感じの声でそれだけ答えた。
「Y48、彼をリカバリールームまで運んでくれ。その間に少しは落ちつくだろう」
「了解です」
「少し眠りたまえ、高井戸くん。あとでまた、ゆっくり話そう」
「はい。あの……とりあえず、パンツを下さい」
言って激しく後悔。もうちょっとましな言いまわしがあったはずだ。
「う、うん。あとでな」
ああ、これは絶対に誤解された。弁明したかったが、僕はもうすでにそれ以上声も出せないほどクタクタになっていた。
その一方で、薫子先輩にまつわる記憶が少しづつハッキリしたものになって来るのが感じられる。何かひどく懐かしいその風景の中に、吸い込まれるようにまた眠りに落ちた。
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