文と電卓

北大路 美葉

文と電卓《ふみとでんたく》

 夕方、老婆ひとり文机ふづくえに向かひて、筆をりて居たり。

 電子計算機を指で叩く音、苦瓜ゴーヤーの蔓を揺らして庭に響き渡れども、ふみしたためるべき言葉、計算機の液晶に並ぶことなし。

 老婆、計算機に正しき解を求むあまり、胸焦り、つよくつよくボタンを叩きしが、老婆の心中を表せし計算式の入力は叶わず。計算機の打鍵音は庭の灯籠を打ち据え、火をともし、たかる羽虫を焼くなり。

 やがて筆の墨かすれ、すずりかわき、暗き庭に燈りをりし灯籠には蛍の群れが舞へど、老婆はただ計算機を叩く音をのみ立てり。

 然れども筆は進まず、苦瓜ゴーヤーは枯れ、文の相手は死にたり。

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文と電卓 北大路 美葉 @s_bergman

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