COLORS 6

「そういやあいつ最近見なくね?」

 この一年で四ツ谷の愛車はモンスターS4、ファイヤーブレードからH2Rにと、まるで季節が変わるようにころころと移り変わった。もう私達にも驚きはなく、そういうものだという認識になっていた。どんなに刺激的なことも時間が経ち何回も経験していくといつかは慣れてしまう。同じように、初めの頃は楽しくてしょうがなかった深夜のミーティングもだんだんと飽きが来ていた。だから四ツ谷が最近来ていないのも別に普通。

 今までだってダイサンの仕事が忙しくなり何週か来ない時もあった。孝子が昼職のシフト調整で来られない時も。私のバイトが妙に忙しくて家で寝過ごして行かないなんてこともザラにあった。

 だから何も気にしてなかったし嫌な予感とかそんなものもなかった。あんなものは小説や漫画の中の主人公にしかない特殊能力だ。

 四ツ谷の顔を数週間見ていない。只それだけのこと。……だと思っていた。


 その数日後、ダイサンが普段と違う真面目なテンションでLINEをしてきた。

『会って話せないか』と。

 心がざわつき、いつものようにふざけて返せず『わかった』とだけ返した。

 どちらかから言い出した訳じゃなかったけど、二人とも保土ヶ谷パーキングでは会いたくなかった。バイトが終わった後、自宅に帰らず向かった待ち合わせ場所は横浜新道上り戸塚パーキングエリア。

『何時間でも待つ』と言っていたダイサンは購買やトイレから離れた駐車場の端、Vマックスの傍らに座っていた。


わりい。孝子にはおめえから伝えてくれ……」

 立ち上がりざまそう一言発した後、まるで宙に浮いてる言葉を探し集めるように、口を開いたとおもったら、すぐに口をつぐいだりを繰り返す。

 結局諦めたように、……いや覚悟を決めたような、そんな表情をして話始めた。

「四ツ谷が死んだ。事故だったらしい」

「は? 何言ってんの? アンタ冗談でも言って良いことと悪いことが……」

「俺も人伝ひとづてに聞いたんだけどよ。あいつのH2Rが右直でトラックと接触しそうになって、んでそれ避けてそのままガードレールにぶつかったって。結構な速度で。すぐに救急車で運ばれたらしぃんだけど、たまたま後ろ走ってて現場に居合わせたバイク乗りがよ、(救急)隊員がその場で心肺停止って言ってたの聞いたって」

 H2R。それはまさに四ツ谷が現在乗っているバイクだった。

 それぞれ仕事が忙しくなる時期が重なって疎遠になりつつある私達だった。

 あいつは愛車が常にコロコロと変わってはいたが、それでもいつも新しいバイクに買い換える度に、事前に「来月の最初は絶対集まろうぜ」とか言って、必ずといっていいほど第三京浜でお披露目会を開いていた。そして今回はそれが無いまま。

 だから今、実は違う車種に乗り換えているなんてことは無いだろう。

「そんなん、それH2Rがなんで四ツ谷のだってわかんのよ?」でも信じたくない。


「看板……、背負ってたってよ」

 こういう形で聞きたくなかった最後の情報。それがダイサンの口から私に伝えられた。

 それは事故って死亡したバイク乗りが背負っていた看板について。読みやすい、わかりやすい文字で〝Gentle Breeze〟と書かれた派手な看板だったと。

 その後、ダイサンがまだ何か言っていたけど私の耳では聞き取れなかった。

「……なんで……なんで、だって、なんで? ……なん」

「おい、キョウっ!」頭の上から怒鳴られたようにダイサンの声が降ってくる。その時初めて、自分の頬を伝った涙がアスファルトを濡らしている事に気付く。

「……なんで誰もあいつ、まだわかんないじゃない! あいつじゃないかも知れないじゃない?」

 恰好つけてお互いにお互いを理解してるつもりだった。

 だけどあいつがどんな仕事をしてどんなとこに住んでるのかも、家族がいるのかも、もしかしたら結婚だってしてたのかもしれない。でも私達はお互いの事を何も知らない。あいつが死んでも誰も私達に連絡すらしてくれない。看板が無かったら私達も知りようがなかった、確かめようもなかった。私達はバイク乗りとしてのあいつしか知らない、知ろうとしなかった。

 何であいつが看板を付けようと思ったのか? 何で看板なんて。

「看板……無かったらあいつまだ生きてるかもじゃ……」

「キョウ! あっても無くてもあいつが死んだ事実は変わんねー! 知らねーとこで野垂れんでた方がお前にとっちゃ良かったのかよ?」

 急に肩凝りの様な感覚が襲ってきて両手で肩を押さえる。あぁこれは違う、肩凝りなんかじゃない。背中が重いんだ。刺繍の入ったベストが肩に食い込む。これを脱がなきゃ、きっと私もバイクで、バイクが原因で死んじゃう!

 Gベストを脱ごうと肩に当てていた手を襟元まで持っていき力を入れるがライダースから剥がれない。気が動転したままベストの方を見るとダイサンの大きな手が私の肩を掴んでる。

「お前と同じの、俺も背負う。おとこの背中は重くってよ。チャラいくれーが丁度いい。ちぃと軽くさせてくれ」

 あの日の四ツ谷の顔が、言葉が、頭に浮かんできて消えていく。色んな感情がない交ぜになり、ダイサンの言葉に何て返せばいいのかわからない。

 でも、肩が暖かい。ライダースを通してダイサンの体温が伝わってくる。


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔でダイサンを見上げた。顔が近い。

「カッコ……」

「ん、なんだよ?」

「……カッコつけんな! バカッ、デブ!」

 重くて大きい手を払いのけ、胸板を押して突き放す。

「アタシが、アタシが注文する。電話番号! あと住所も教えろっ! ダイサンっ!」


―COLORS fin―

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