孝子とカブ少年3

 第三京浜で駄弁るのにも飽きてきた頃だった。

 家を出るときには立ち寄るつもりだった保土ヶ谷パーキングにも行かず首都高速を流した後、喉渇いたなとか少し肌寒いなとかトイレ行きたいなとかそんな小さな気持ちが幾つか連鎖して高速を降りた。

 しかし速度域が落ちると寒さも落ち着き尿意もどこかに行ってしまう。

 自宅近くのコンビニに立ち寄り缶コーヒーを買ってタバコを吹かしていると、ボボボボッと如何にも社外マフラーって音をさせながら一台のバイクが入ってきた。

「お」「あ」

 とお互い同時に気が付く。

「マフラー……」「タバコ……」

「あ、いいよ」「あ、お先に」

 ここで二人とも笑いが漏れる。


「マフラー換えたんだ?」

「はい。昨日換えたばっかです。アップタイプと悩んだんですけど高くって」

「アップって? そんなんあんの?」

「あの、ハンターカブってあるじゃないですか?」

「ゴメン、あんま詳しくないのよ(国産)バイク。そっちは?」

「あ、大したことじゃないんです。タバコ吸われるんですね、て。見りゃわかりますよね。なんかイメージと違って」

 少年はなんか今日発売の漫画週刊誌を買い忘れたとかで、いつもは歩いて行っていたコンビニまでカブで来てみたと嬉しそうに話した。

 夜中にコンビニの駐車場にバイク停めて缶コーヒー飲みながらタバコ吹かして。お互い社会人にもなって何やってんだかなんだけどさ。楽しい。


「孝子さんのってすごい弄ってますよね?」

「私のはお下がりなんだよ。だから転倒けて直したとこ位かな、私が換えたのって」

「僕のもまだまだやりたいところあって」

「まぁ、バイクって自分色にしたくなるよね。わかるよ」……と、思っても無いことを愛想良く話す。仕事昼職の癖が出ちゃうな。

 あちこちにキラキラとしたアルミ製のカラフルなパーツが付けられた少年のカブを一瞥する。まぁ、私の趣味じゃあないけど。んでもせめて色遣いだけでも統一した方がいいんじゃないか? てか、カスタムなんて個人の自由だし、こんなこと気になりだした時点で私も歳取ったってことかな……。もういい、言っちまおう。

 思ったことを口に出さないとダメな性格ってのはS女の特徴なのかもしれない。仕事夜職の癖が出ちゃうな。


「とりあえず、さ。今の予算で買えるもんから換えてくって気持ちもわかんけどさ、最終的な全体のビジョンっつーの? そういうの決めとくといいよ? 例えばほらさ、ワンポイントでタトゥー入れてさ、んでどんどんその時の思いつきで入れてくのもいいけど、やっぱ全体を見据えて同じ彫り師さんに頼んで仕上げて貰った彫りもんの方が統一感あってしびいじゃん?」

「ちょっとその例えよくわかんないです」

「あれ? 旨いこと言えたと思ったんだけど」

「ていうか、孝子さん入れ墨なんて入れてないじゃないですか」

「あー、同僚が結構入れてるの多くてさ。それに私はほら、アレよアレ。高級車にステッカーなんて貼りたくないでしょ? 的な?」と少年を指さす。

「なんですかソレ?」

「あれ? 知んない? ひと昔前にネットで流行ってたんだけど?」

「それに同僚って? 孝子さんデパートですよね?」

「あー、うん、まぁ。案外居るんよ、見えないところに入れてる人」

 ちょい無理あったかー。少年の視線が疑いの眼差しになっている。

 立ち上がってタバコを灰皿に突っ込む。

「さて、そろそろ一つ屋根の下にけえりますか」

「な、なに言ってるんですか、孝子さんっ!」

「はは、冗談ゝ。近くでエンジン止めて押して帰るよ」

「え、でも前、孝子さんカブは夜中でも大丈夫って」

「それはぁ、働くバイクだけ。きみのは働くバイクじゃなくて、趣味の相棒じゃん?」

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