孝子とカブ少年2

「こんばんは。今日も夜走りですか?」

 皮ツナギでフルフェイスを小脇に抱え階段を下りていると、残業帰りの少年に声を掛けられた。

「ま、そんなとこかな。今日も残業?」


 世間は働き方改革とか騒いでいるけど、実際それを実践出来てるって大手だけ。結果としてその大手の皺寄せが中小にのしかかる。夜職の常連さん達からよくそんな話を耳にする。それでもこのご時世、少年の会社はまだ仕事があり忙しいだけましな方かも。

 まぁ大手って程でもないけど業界内では大手寄りの私は少年の仕事が終わる頃にはこうして夜遊びに繰り出せる。


 最近は首都高速を軽く流した後、第三京浜保土ヶ谷パーキングエリアでダチ達と駄弁るのにハマっている。昼は猫を被って老若男女から果ては迷子のお子様までご案内、夜は性癖に一癖も二癖もあるお客さんの相手をする。

 接客業は天職だと感じているがそれでもストレスは溜まる。休み前のこうした些細な夜遊びの時間に価値を見出している私は、バカな奴らとするバカみたいな会話に飢えていたようだ。


「バイクって……」

「ん、なに?」

 バイクカバーを剥がして748Rを押し始めた所で、ドアノブに手を掛けていた少年が振り返って話しかけてきた。既にフルフェイスを被り聞こえにくかったので少し大きな声で聞き返したが、気まずく感じてしまったのか「いえ、何でもないです!」と言ってアパートの自室に消えていった。

「あちゃあ。お姉さん、ちょーっと凹んじゃうなぁ……」


 それから数週間後。

 仕事から帰って来ると駐輪スペースに人影が見えた。盗難対策は万全だけど、念の為スマホのカメラを起動して近付くと、なんとあの少年だ。そういや今日は日曜か。

 そして少年の脇にはセンタースタンドをかけられたホンダのスーパーカブ。何ともキラキラした目でそのカブを磨いている。

「あ、岡瀬さん。お疲れ様です」

「孝子でいいよ。買ったの? カブ」

「はいっ! ボーナスを頭金にして買いました! 明日からこいつで通勤します!」

「おー、良いじゃんイイじゃん! 会社バイク通勤大丈夫なんだね」

「はい! お…孝子さんの所はダメなんですか?」

「まぁ、デパートって旧態依然きゅうたい(い)ぜんとしてるから」


 それ以後、少年は毎週末度に嬉しそうにカブを弄っていた。

 私が仕事から帰ってくると、ホームセンターで買ってきたであろう工具セットのスパナを持ってカラフルなアルミパーツやメッキパーツを付けている少年がいる。

 こんな私でも彼からはバイク乗りの先輩に見えるのか、時には付け方のわからないパーツについて質問される日もあった。

 わかる範囲でなら答えたが、流石に電装品なんかはテールランプを追加するぐらいしかやったことがない。

「詳しい友達いるから聞いて見ようか?」

「月曜までにつけないとなので大丈夫です!」

 と、何が大丈夫なのか良くわからなかったが、結局翌日の日曜日に近所のバイク屋まで押していって高い勉強料を払ってきたと翌週末に教えてくれた。その少しだけ悔しそうな表情が愛おしく感じた。


 乗り始めの時期って、何もかんも楽しいもんね。カスタムするとどんどん自分の物になっていく感じなんだろう。

 私の時はどうだったか? 最初に乗った原付はやっぱレーサーレプリカタイプで、メーカーは最初から性能の良いパーツを奢ってくれていたし、その頃の私はノーマルを操り尽くして限界を感じてからでないと社外品なんて以ての外、なんて思ってたからなぁ。今のドカだと説得力ないけど、あれは私の手元に来た時からフルカスタムされてたし。兎に角、原チャの頃は弄るよりも走り回ってた。やってせいぜいリミッターカットぐらい。

 それと当時は今ほど通販で何でも買える訳じゃなかったってのもある。

 ただ少年のカブを見てると、毎週度に赤やら青やら金色やらと色んな色のパーツが付けられていってて、そんなのは言っちゃえばまぁ好みの問題なんだけど、やっぱちょい微妙じゃね? って思ってしまう。


 他人のバイクにダメ出ししたくなっちゃうとか、私も歳とってきたかなぁ。

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