夜の風景

「夜の風音がアタシを呼んでいる気がした。愛機の鍵をライダースのポケットに入れ外に出る。カバーを剥がすと相棒もアタシを待っていた、……なーんて」

 脳内でキョウさんっぽく語ってみたんだけど、要はお腹が空いてラーメン食べに行くってだけ。いつもは明るい元気キャラで売ってる私。この度、せっかくバイク乗りになったことだし、偶には「 」カッコつけて一人でフラッとラーメンでも食べにさ、夜の街をバイクで徘徊しようって訳。


「こんな遅い時間にエンジン掛けて、バイクに乗ってる人は常識が無い! って、ご近所の人に言われないようにっ!」と、いつもキョウさんにキツーく言われてるので、駐輪場からSRXを出して倒さない様に慎重に慎重に大通りまで押して歩く。少し汗ばんだ身体でアクセルを数回煽ってセルボタンを押す。何回目かのチャレンジで単気筒エンジンが心地良いサウンドを奏で始める。念の為、暖気している間に自分が汗臭くなってないか確認。マフラーから吐き出される新鮮な排気ガスの臭い以下だから大丈夫……よね?


 もうすぐ夏が始まろうかって季節だけど、真夜中の空気の中では止まっていると少し肌寒さを感じる。暖気もそこそこに走り始めた。

 通勤で見慣れたいつもの道路も交通量が少ないとやっぱ快適! とは言っても信号待ちなんかには路肩抜けて前に行っちゃおうかなぁ、って悩む程度には詰まる。でもせいぜい二、三台抜いて前に出てもなぁ。うーむ。

 あ。とか考えてる内に青になっちゃった。

「ズボボーッ!」

 うわー、先頭の車の排気音えげつない! 前出なくて良かったー!

 それに今日の私は夜の空気を満喫しながらゆっくり流してるんだから、……別に急いで無いし。一人で廃れた絶滅危惧種なお店で孤独のラーメンを発見するんだから。


 ってあれ? アクセル開けたときの反応が一瞬遅れる、コレはガス欠の兆候だ! って、同じ方向の歩行者信号が点滅してるぅ! こんな時に限って信号に引っかかりそう。予備リザーブタンクに切替え間に合えーっ。トトッ、おっとっと。間に合ったー。

 しゃあない、ガススタ行きますかぁ。


 少しドキドキしながら落ち着かない気持ちで勤務先COBに向かう最中にあるセルフ給油がメインのガススタに到着。

「ヘラッシュー!」まるで寿司屋にでも来たかのように元気なスタッフさんからの掛け声が響く。

 それにしてもガススタに入ると何とも言えない安心感に満たされる。基本早めに給油ってシチュエーションなんて無いし、いつも予備タンクに切り替わってからの入店だからかな。

 私は断然セルフ派、自分でガソリンを入れるのが好き。ペットにご飯をあげてるみたいな感覚「たーんとお食べ」って心の中でささやいちゃう。

「お客様! タイヤの空気圧チェック致しましょうか? ガソリンタンクに水抜き剤は如何でしょう?」

「ぅわっ! えっ、いや大丈夫でし、それに水抜き剤って良くないとか……って、リカっち?」ふいに声を掛けられ振り返ると、派手なバイク用ブルゾンを肩に掛けたリカっちがいた。

「あれ? こんな夜中まで勤務してるの?」

「違うってー。仕事終わって先輩と事務所でお話しだべってたら見慣れたSRXバイクが来たからさ。てかこの辺じゃそんな古いのほとんど見ないし。ヒカルは?」

「あー私は(一人で)ふらっと(ラーメンでも)……」

「えー、じゃあさじゃあさ。暇だったらラーメンでも食べに行こうよっ! 次の動画の下見でさぁ」

「(うぅ、本当は一人が……)イイネ! 行こっか!」


 リカっちが帰り支度をしている間、手持ち無沙汰なので事務所の脇で空気圧チェック。

 にしても結局いつも通りな感じだな私。孤高のバイク女子への道程は遠い。

「まぁ、真夜中に一人で走ってて変な人にナンパとかされても困っちゃうし」

 今日の所はいいかな。

「おまたせー、ってなにぶつぶつ言ってんの? それに真夜中て。まだ九時だよ? どんだけお子ちゃまなのよヒカル……」


―H22―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る