Colors of Biker 〜開店前〜

「おっはよーございまーす!」


 元気一杯に光ちゃんの登場だ。

 大学を卒業して、この春からバイトではなく正規従業員としてフルタイムで働くことになった光ちゃんは出勤が早い。

 最近は洋子がデザイン仕事で忙しく、昨晩のようについつい閉店後のお店で一人深酒をしてそのまま泊まり込む日が増えている。このままでは光ちゃんに示しがつかないのでそろそろ気合いを入れないといけない。


「おはよ。どうだった初バイク通勤?」

「いやー、もう楽しいの楽しくないのって、もう何もかんも楽しくってー!」

「そうだ! 結局バイク何にしたの?」

「えっへへー」

 勿体ぶって笑う彼女と一緒に店舗裏の駐輪場に向かう。そこに停められていたのはなんとヤマハ発動機製SRX400。


「ちょ、何でこんな旧車にしたの? 苦労するわよ!」

「……ニンジャ乗ってるキョウさんに何言われても説得力ないんですけどぉ」

 一応、開店前の忙しい時間の筈なのでバイク品評会を早めに切り上げて仕事に戻る。そして気を遣って裏手に停めてもらったSRXを今まで通り店舗前、eビーノを置いていた定位置に駐輪してもらう事にした。

 と言うのも、いずれSRXが光ちゃんのバイクだと常連のおじさん達に浸透してくれれば集客率が上がる。それにお店の前にバイクがあった方がライダースカフェっぽいじゃない?

 私のヤレたGPZ900Rニンジャだと絵面的にオシャじゃないけど、SRXなら全く問題なし。どんな層にも受け入れて貰える、そんな立ち位置のオートバイ。


「教習の時のホンダ車と比べたらもう振動が凄くて! バックミラーが全然役に立た無いんですよ」

「そうそう、SR400の人と並んだんですよぉ、信号待ちでっ!」

「そんでそんでぇ! なんか青いバイクの人がロンツー行くのかってもうすんごい荷物でー」

「あ、リカっちに手ぇ振ったんですけど全然気付かなくってー」

「光ちゃんっ! ちょっと手ぇ動かしてっ!」


 オートバイに乗り始めた頃にいつも見ていた煌めく景色を若い子が運んできてくれる。

 ただただ走るだけ触れるだけで楽しくてしょうがなかった。

 寝ても覚めてもオートバイのことばかり考えていた。

 そんな気持ち達は消えて無くなった訳じゃないけど、それでも年齢を重ねる度に日々の瑣末事さまつごとで片隅に追いやられてしまっていた。

 光ちゃんのお陰で私の心の部屋にあった大切な荷物を発掘できた。軽く埃を払ってあげるだけでこの宝石はまた輝き始める。

 いつまでもこの気持ちを忘れずに持っていたい。


「……あ、光ちゃん。青いバイクってジクサーでしょ? 因みに。あの人はソフトパニア付けっぱなし系の通勤組だよ」


―K36―

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