Colors of Biker 〜珍しい客6〜

「だーらオメーここは私有地だっつってんだろ! 警察呼ぶぞ!」

「そこに見えてんのが盗難車だっつーのはわかってんだよ! 呼びたきゃ呼んでみろよ! 他にも出てくんじゃねーのかよ?」

「うちが買い取ったんだよ。それとも俺らが盗んだって証拠でもあんのか!」

 ダイサンも引かないが、向こうはどう見てもやから、引くという言葉は辞書になさそう。辞書も持ってなさそう。さっきからずっとこんな調子で睨み合いが続いている。千宏ちゃんはずっと私の背中に隠れて震えている。


 言い争いが続く中、何処からとも無く図太い排気音が聞こえてくる。一人また一人と音に気付き、少しづつ口数が減っていく。その音はどんどん大きくなり、私たちの視界に見るからに古めの国産車が現れ、千宏ちゃんの軽自動車トコットの隣に砂煙を上げ急停車した。

 タイヤが発するジャリ音を合図にこの場にいる全員が砂塵の舞う方向を見た。止まったのは濃緑色のボディに二本の白いGTラインが入ったトヨタセリカ。トランク部分がリフトバックと呼ばれ、普通のセダンと違い斜めのガラスハッチになっているタイプ。皆が静観する中、運転席のドアが開きハーフトレンチコート姿の先日の外国人女性が降り立った。

「hello、また会ったわね。何かお困り?」セリカLB2000GTから降りてきた彼女がこちらに歩いて来て、入口付近で揉めている私たちの横を素通りして無遠慮に構内へと立ち入って行く。

「何だテメー? 私有地だぞっ!」チンピラが慌てて追いかけ、彼女の肩を掴んで振り向かせる。

「そこの星条旗柄のバイクに用があるんだけど……あーもうまどろっこしい! 有り体に言うわね。そこのバイクを寄越しなさい! まぁ私が必要なのはそのタンクだけなんだけど」

「あぁ? こいつらといい、お前等一体なんの権利があって……」

 チンピラの話を心底興味無さそうな顔で無言で睨みつける彼女。男はその迫力に押され黙ってしまう。続いてポケットに突っ込んでいた手を出し、肩にかけられたままのチンピラの腕を払いのける彼女。その手には拳銃が握られていた。それを見た男が一瞬怯んだが、慌てて虚勢を張る。

「おめーそんなおもち……」


 パッ、ガアンッ! 発砲音と閃光。


 同時に弾丸が命中したであろうキャプテンアメリカ号レプリカのタンクからドラム缶を叩いたような音が響いた。

「きゃあっ」「うおっ!」

「ちょっ、爆発するって!」

「あんなの映画だけのフィクション、実際は爆発なんてしないから。……弾にもよるけど」彼女が後半は小声で物騒な豆知識を教えてくれる。

 拳銃で撃ち抜かれたタンクからは白い粉がこぼれて見える。おそらく麻薬かなにかだろうか? 確かめ方なんて知らないが、この局面で米国から船便で個人輸入されたガソリンタンクから砂糖が出てくるなんてこともないだろう。


「Japanese YAKUZAさん? それそのまま渡してくれるならとりあえず警察には黙っておいてあげるけど。そんなの持ってたら色々まずいんじゃないのー?」

 アメリカ人から見るとチンピラもやくざも区別つかないんだろうけど、どうみても彼はチンピラ。それもせいぜいバイクや車を窃盗して小銭を稼いでいるグループの解体作業担当。チンピラと違って、日本のやくざという人達はむやみに堅気の人に手は出さないし、何かの間違いでヘリコプターを撃ち落として爆発させたとしても決して殺しだけはしない、そんな筋の通った人達だ。それにもしやくざだったとしても、いきなり鉄砲を出して警告も脅し文句も述べず躊躇無く発砲するような相手とは関わり合いになりたくないだろう。私だってそうだ。

 パンッ!

 返答に戸惑う男に向けて、またしても拳銃を発砲する彼女。薩摩武士並みにせっかち。弾丸はウイリアムテルよろしく鶏冠とさかのように立てられた髪の毛の間を通過し、背後に積まれている廃車輌の山に着弾した。はらはらと落ちてきた髪の毛を鼻の頭に乗せたままチンピラは「とっとと持ってけ!」となんとも捻りのない捨て台詞を吐いた。こうして私たちのバイク盗難事件はあっけなく、よくわからないままに終わりを告げた。


 自慢のタンクに穴が開けられたキャプテンアメリカ号をダイサンが押して歩いていく。私たちはお互いの車でゆっくりと後をついて行った。

 表通りに着くとすぐにレッカーを手配した。チンピラの報復を恐れていた私たちのためにレッカー車が到着するまでの間、謎の彼女も一緒にいてくれた。そして勿論本名では無いだろうけど、彼女は自分の事をエムと名乗った。


「それにしても千宏ちゃんの彼、よくこんなの輸入できたわね」

「いや、彼も知らなかったと思いますよ。でもそれでしょっちゅうガス欠になってたんですね」

「中に溶接、と言ってもまぁX線で発見されて泳がされてたみたいね。映画じゃコカインを売却した売上のドル札、こっちはそのまんまコカイン。まぁある意味本物よね」

「エムさん、映画お詳しいんですね」

「ま、まーねーっ」


 結局、アメリカ在住の友人がやらかしたヘマの尻ぬぐいの為に動いていたという彼女エムさんがガソリンタンクだけ持って帰り、解体寸前だったハーレーは私たちに返してくれた。

 彼には千宏ちゃんからタンクだけは既に解体されて売却されていたと伝えて貰った。

 警察にはSNSの目撃情報を元に解体屋の近くの路上で見つけたと伝え、中には他にも盗難車かどうかわからないけど幾つもバイクがあったと連絡した。危険なので次は自分達だけで取りに行かない様にと厳重注意も受けた。


 心の中で「次があってたまるか!」と突っ込みを入れた。


―K35―

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