Colors of Biker 〜珍しい客5〜

 ドアを開け怖ず怖ずと入ってきたのは先日のハーレーカップルの彼女、宗則の大学時代の元カノ、南千宏ちひろちゃんだった。サングラスも掛けてなければ、駅から徒歩で来たのかヘルメットも持っていない。


「いらっしゃい」

「あのー、キョウ先輩……ですよね?」

「大学卒業以来だから十年振りくらい? 座って。コーヒーでいい?」

 千宏ちゃんはコクンと頷いて、ダイサンとひとつ席を空けカウンターに腰掛けた。

 俯いたままの彼女にお冷やとお手拭きを出すと、急にぽろぽろと涙を流し始めた。

「ちょ、ちょっと、どしたの千宏ちゃん?」

「私、先輩に非道いことしちゃって……」ひとつ隣のダイサンは出来るだけ話に入らないように気を遣ってくれているが、聞き耳は立てているだろう。やや困惑顔だ。はたで聞いているとわかりにくいけど、千宏ちゃんが〝先輩〟と呼ぶのは宗則の事、私のことではない。コーヒーを用意する片手間、千宏ちゃんに気付かれないようにダイサンのスマホに『先輩ってのは私のことじゃないから』とだけ送っておいた。

 千宏ちゃんは砂糖もミルクもたっぷりと入れたコーヒーを啜りながらゆっくりと順を追って話し出した。


 私たちの代、宗則や孝子たちが卒業して、半年ほど経った頃。彼女はバイト先の先輩社会人でアメリカンバイクに乗っている人に食事に誘われ、それをきっかけに親しくなっていったという。その頃、丁度宗則の仕事も忙しくなかなか会えなかった寂しさと、学生から社会人になったばかりの宗則と比べ、社会人として何年も過ごしているその人に大人としての魅力を感じたという。その内にバイト先の社会人の彼と関係を持つようになった、要は浮気をするようになったと。

 経緯は詳しく話してくれなかったが、いずれその浮気は宗則にも知られることとなり、話し合いの結果二人は別れることとなった。

 確かに仕事が忙しくなる頃に宗則は大学近くのアパートを引っ越してしまったし、その辺りから、もしかして別れてるのかなと感じることはあった。しかし既に十年以上前のことだ。私だって人に胸を張れるような色恋をしてきた記憶はない。それに私の認識ではそもそも女性は浮気をするものだし、二人には私の両親の様に結婚して子供がいた訳でもない。未だに罪の意識を持ち、それを引き摺っている千宏ちゃんのピュアさが不憫にすら思えた。


「それで、今彼イマカレの所為で今度はキョウさんに迷惑かけちゃって……」

「ちょ、逆だって! 逆、逆! うちの軒先で盗難とかお客さんが安心して来れないなんてライダーズカフェ失格だから!

 それに今ん所、特に客足が遠のく事も無ければ実際に嫌がらせされたとかも無いから安心して」

「あの、それで。今日来たのは他でも無くって。彼のバイクが見つかったら、キョウさんのお店の評判もこれ以上悪くならないし、悪く言う人もいなくなるんじゃないかって思って。そしたら居ても立っても居られなくなって」

「いや、そこまで気にしなくても大丈夫だから。見つかろうが見つからなかろうが悪く言う人は飽きるまでか、次のターゲットが出てくるまでは言い続けるもんだし、それにそういう意見ってのは万人みんなには響かないよ」

「横からごめんね、同じバイク乗りとして言わせてもらうと、こういう時に警察は当てにならないし、早くても一週間か二週間、いや一ヶ月経って出てきても早い方かも。警察が悪いとかじゃなくて、優先順位的にどうしても後になっちゃうんだよ。あとは待つしか……」

「私、わかるんです! 彼のハーレーが今何処にあるか」

「え? どういうこと?」

 私が知る限り、この子は霊感とかそう言うのは無かったと思うけど。大学卒業から十年以上、社会人になって辛いことがあった時に何かしらの宗教なんかに嵌っていたとしてもおかしくはない。

「千宏ちゃん。その、神様にもすがりたいって気持ちはわかるけど……」

「ち、違います! えっと今の彼って、バイク屋さんにいる時に彼から声を掛けてくれて……、って何言ってるんだって思うかもですけど」

「?」

「要はナンパってことだよな」デリカシーのないコメントをするダイサンをきつく睨んでたしなめる。

っちゃえばまぁそうなんですけど。それでも付き合いはじめは気にしてなかったんです。ただ時間が経つにつれてだんだんとまた私の時みたいに誰か別の子にも声掛けて浮気してるんじゃないかって気持ちが沸いてきて。一度そう考え出しちゃうとスマホ返信が遅い時とかも気になり始めちゃって。それでその、なんていうかGPSトラッカーってのが浮気調べるのにいいって聞いて……」

「付けてたの?」

「はい、コッソリ」

 彼の手前、それを警察では言えないし、悩んでいた所に今回の炎上騒ぎ。それにトラッカーといっても彼女が両面テープでこっそり貼付けただけ、バイク屋でしっかりと配線したものではない。電池が切れれば電波も途絶える。彼女は一刻も早くと仕事を休んでまで来てくれたという訳だ。

「そもそも、宗則先輩とは私が浮気したのがきっかけで別れたのに。その所為で今は私が男の人を信じられないなんて。滑稽ですよね」


 理由はどうあれ、これは核心に迫る一手だ。まずは専用アプリで確認、GPSが示したのは横浜市亜空倭町(※架空の街です。他意はありません)。車、バイク問わず解体屋が数軒集まっている場所だ。ここで警察の協力を仰ぐかどうか迷ったが、GPSトラッカーの事を黙っていたという負い目もある。それにすぐには動いてくれないだろうし、警察を通す場合は確固たる裏付けがないと立ち入りなどが出来ない。つまり、運良く誰もいなかった時に勝手に持ちさることが出来るか出来ないかという事。正しい手順を追っていると、令状発行までに解体されてしまう可能性だって出てくる。

 話し合った末、まずは現地に向かってみる事にした。流石に危ない連中が出てくる可能性も危惧して、念の為ダイサンが一緒に来てくれる事になった。ガタイもいいし、世紀末のチンピラの様な外パッドが沢山付いた革ジャンにGベストという出立ちのダイサンが来てくれると確かに安心感はある。残る問題は移動手段だ。

「あのー私、車で来てるんで」

「えーっ? あの千宏ちゃんが車の運転なんて……」

「ちょっとキョウさん! 私ももう三十過ぎアラサーですよ。いつまでも子供扱いしないでください!」

 可愛らしいアラサー女子に注意されるオバサー女。店は貼り紙をして早めに閉めて、千宏ちゃんの軽自動車でGPSアプリが示す場所へと向かう。

 千宏ちゃんの車はダイハツミラ・トコットという車種だった。可愛らし過ぎず、かと言って無骨でもない。淡いピンク色も彼女の雰囲気に合っていた。流石にダイサンが助手席、私が後部座席。最初ダイサンが運転しようかと提案したが、任意保険の限定条件から千宏ちゃん運転に。それにしてもあの千宏ちゃんが車を持っていて、さらに運転もしているなんて。そういえば孝子も社会人になってすぐにフィアットを買ってたっけ……。私もそろそろ車(トランポとか?)を購入すべきだろうか? そんな事を考えながら徐々に緑が増していく景色を車窓から眺めていた。


 そして現地に着いた私たちを出迎えてくれたのは案の定というか、作業ツナギの袖から覗く腕にはトライバル柄のタトゥーが入り、錆色の髪の毛はピンピンに立たせてる、そんな見た目のチンピラ男だった。敷地内の作業場には正にこれから解体されるであろうキャプテンアメリカ号の姿や、他にも数台のバイクの姿が確認出来た。


―K35―

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