Colors of Biker 〜珍しい客4〜

 定休日明けの水曜。

 純正マフラーが奏でるヤマハV4サウンドの美しい調べは憔悴しきった私のハートに染み渡った。

「いらっしゃーい」

「なんだよ珍しく元気ねーな?」

「アタシだって悩み多き乙女だってこと。アンタこそ珍しいじゃない。こんな週半ばの平日に」

 ダイサンが来店するのは前日の金曜や土曜に開催された合コンの戦果の報告にやってくる事が殆ど。

「いや、乙女て……」


 ダイサンはフルカスタムされたご自慢のVMAX1200をエンジンブローさせた後、新型VMAX1700(程度のいい中古)を現金一括払いにて購入した。稼ぎがいいのか貯金があったのかは知らないけど、大きめのパーツ購入や重整備でショップのお世話になる際などにはいつもローンを組んでいる私には到底真似できない。しかし流石にそこで資金は尽きたようでしばらくはドノーマルのまま乗る様子だ。

 ランチタイム後の店内は奧のテーブルで読書をしている品の良いご老人と、買い出し前のティータイムにうちを選んでくれて、おしゃべりに花を咲かせているご近所の主婦たちだけ。バイク乗りのお客さんがいないことを確認してダイサンに先日の出来事を話し始めた。


 日曜日に来店したカップルの彼氏が乗るチョッパーが、よりにもよってうちに駐輪中に盗難被害にあってしまった。これはライダーズカフェとして有ってはならないことだ。彼氏さんもワイヤーロック等を掛けていなかったし自分の責任だと言ってくれはしたが、やや見えにくい位置に停められていたとはいえ全く見えない位置では無かったし、何より店主としての私の注意力不足が一番の原因だ。

 古いハーレーやチョッパーにハンドルロックが付いていないことが多いのは知識として知っていたにも関わらず、ちゃんと注意喚起していなかったこと。お客さんとの会話が興味深く、意識を取られていたこと。そして何よりも彼女さんの方がたまたま旧知の知り合い宗則の元カノだったこと。私もその彼女もお互いに気付いてないフリをして気まずいまま過ごしていたこと。数えれば数えるほど私の過失が浮き彫りになる。

 彼氏さんがその日のうちに盗難届を管轄の警察署に届け、定休日の昨日は現場検証。店の外に設置してある防犯カメラの映像も昨日提出した。店以外の街頭設置の防犯カメラの映像やその他の店舗のカメラの映像などは当然私たちは見せてもらえない。うちのカメラに写った映像で、作業服にパーカーのフードを深く被って顔を隠した人物が軽く周囲を見回した後、バイクを押して持ち出していく映像が確認できただけでこれと言った手掛かりは全くない。どの辺りまで押したのか、そのあと何処かでバイクを車に積んだのか?

 警察の対応も、ネットの掲示板などで書かれている通り「見つける気があるのかどうか疑わしい、やる気を感じない」と言うのは悲しいかな本当の事だった。


「そりゃあロックしとかなかったオーナーの責任だろっ! ……つっても、お前の性格じゃー責任感じるわな」

「アンタなりに励まそうとしてくれてるんだろうけど、やっぱこれは店側の責任だよ……」


 彼氏さんにもSNSを通じて「#拡散希望」のハッシュタグと写真を付けて呟いて貰ったが、返ってきた反応はうちの店への批判が四割、擁護が二割、肝心の目撃情報に至っては一割も無かった。正確に言うと目撃情報は三割近く有ったのだが、それは日本全国に散らばる『映画イージーライダー』に出てくるキャプテンアメリカ号の別のレプリカの目撃情報が殆どだった。残る一割はオーナーに対する励ましのメッセージと批判、警察に対する批判や盗難防止策の蘊蓄うんちくなどなど。

 こういうネット社会の反応にいちいち辟易しているようでは、私も既に老害と言われる水域に片足を突っ込んでいるベタな熱帯魚なのかも知れない。

 もしかしてダイサンはうちの炎上を知ってて励ましにきたのだろうか?

「いやさすがにそれは無いか……」

「なんだよ、突然?」

「別にー独り言。あ、お客さんだ。てあれ?」


―K35―

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