Colors of Biker 〜珍しい客3〜
彼女の名前は南
……とは言っても大学を卒業してから既に十年以上は経っている。私も今更そんな昔の話を持ち出すつもりは更々ない。そもそも宗則と私は男女の間柄じゃないし、ヤツの色恋話にも興味はない。
それでも彼女的には、宗則と同学年で仲の良かった私に対して気まずさを感じてしまったのだろう。店先で私を見た時すぐに気付いた様子で、ヘルメットを脱ぐ時に外したサングラスをお店に入る時にまた掛けなおした。私も彼女のそんな気持ちを汲んで気付いていないフリをしている。
久しぶりな珍しい来客。そしてそれはまだ続くみたいで、千宏ちゃんがトイレから戻ってくるタイミングで店の前の道路に一台の車が停まった。普通の車なら気にしなかったけど、停車したのは古いシルバーのセドリック。今度はお客様ではなく、珍しい車種の登場だ。バイク乗りの本能で自然と警戒してしまうタイプのセダン。
踵を返し真っ直ぐ
常連さんからの口コミや雑誌かネット等を見て来たバイク乗りならいざ知らず、通りすがりに来店する初めてのお客様は、大抵の場合一度立ち止まって入り口脇に立て掛けられたメニューやその価格帯が手書きされたブラックボードを一瞥するもの。
だけどなによりも気になったのはその雰囲気に妙な既視感があったこと。すぐには思い出せないが何処かで会った気がする。
「あ、お久しぶ……」
「……」トレンチコートがダンマリを決め込んだままカウンターに座る。
「……アレ、すみません。初めまして? ですよね。いらっしゃいませ」
数瞬遅れてふわりと香水の匂いが漂って来た。トレンチコートは着たままだし目深に被った帽子に
彼女が人差し指の先っぽで帽子の
接客業を始めて随分経つが、今まで会話したことのあるお客様の顔は殆ど憶えている。例えばそれが一度きりの方で名前を思い出せなかったとしても、顔を見ればどこで会ったかぐらいは大体ピンと来るし、話している内に名前を思い出す事も多い。今回は妙なデジャブの所為で接客業を営む者としての自信がぐらついたが、どうやらそれも杞憂に終わった。
詳細な国籍まではわからない(おそらくアメリカ人だと思う)けど外国人、しかも孝子よりも美人というハードルの高い条件をクリアしているお客様に過去に会っていたとしたら忘れるはずがない。外国籍ってだけで忘れない確信もある。
何故かと言うと……。
「あh、う、ウェルかむ、サンキューフォ、カミングアわわカフェ。キャンアイヘルプユー?」
「……ドライマティーニを、please」
「あ、あははは。日本語お上手なんですね……」
この国際化社会において英語はからっきしの私。もし以前にこのお客様がいらして話をしていたなら絶対に忘れないだろうし、そもそも私が英語で接客出来るわけがないからその可能性もない。
しかしよりにもよって難易度の高いドライマティーニとは。ドリンク担当の洋子が日中いない日なので面食らった。
「申し訳ございません。カクテル担当のスタッフが只今不在で。客層の所為かランチタイムにアルコールを頼む方が少なくて」
「O.K! ではバーボンを。ストレートで」
「そんなに種類はございませんが、どちらかお好みは?」少し身体をズラしバーボンが陳列されている棚へと視線を導く。彼女がメーカーズマーク、ターキーライ、ジャックダニエルと順番に舐める様に見ていく。
「Jack Daniel'sを。あとチェイサーにCokeを」
うちはライダーズカフェと謳っているだけあって、お客さんの六割から七割はバイク乗りだ。なので近所の人がお昼にビールを引っ掛けることはあっても、こうして昼間にハードリカーを提供するのは珍しい。
そして普段新規の方に対してあまり積極的に話しかけるような接客はしないのだけれど、当初望まれたドライマティーニを提供出来なかった負い目もあって、
「あちらのお客さんもバイクで来られてて、お二人とも大型バイクに乗られてるんですよ」やはり女性ライダーの存在はついつい贔屓目にみて語ってしまう。光ちゃんがお会計をしている二人の方に視線と顎先を向ける。
「あら? それなら女性の方も自分のバイクで来られれば良いのに」
「え?」
「表の? Harley-Davidson、一台ですよね?」
―K35―
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