Colors of Biker 〜珍しい客2〜

 遠くからバイクの排気音が近付いてくるとお客さんかな? と思って耳を澄ます。


 ダダダダーっと乱れ太鼓の様な音が異常な速度で近付いてくる場合はまず孝子を疑う。ていうか孝子。排気音は控えめで駐輪スペースに到着するまでほぼ聞き取れず、いきなりカムギアトレーンの音が聞こえてきたら勤務中にサボりに来たトワ。そんでうちの前の直線だけドッカンとV4サウンドを響かせるのはダイサンだ。

 先週と比べ本日はそれほど混んではいないけど、暇という程ではない。そんな平和なランチタイムを終えた後、遠くから聞こえてきたのは一台のリズミカルで心地よいVツインサウンド。


 ズパタッ、タッタッ、ズパタッ、タッタッ。


 統計を取った訳じゃないけど、うちのお客さんの中で一番多いのはおそらくアメリカン。もっというならその内訳は殆どがハーレーダビッドソン。

 そんなハーレー乗りについて最近思うことがある。私やそれ以上の年齢のバイク乗り達は、しっかり計画を立てたロングのマスツーリングなら行くけれど、ちょっと近所のコンビニまでなんかだとバイクを出すのが面倒臭いって人が多い、……例えば近場のライダーズカフェとかさ。だけどハーレー乗りは老若男女問わずそういう時に出てくる心のハードルが低いように感じる。ツーリングにもハーレーで行くし、ちょっと出掛けるだけでもなんの抵抗もなくハーレーを出す。何だったら徒歩で済む程度の散歩だって行っちゃう。

 スポーツ走行目的の人が雨が降ってツーリング中止って時にも、余程の雨じゃ無い限り計画を変更しない。レインスーツを着てまでもツーリングしているのはハーレーが多い印象。この接し方は見習わないとだ。高速道路の渋滞でもすり抜けをしないで車の流れに従っているのもハーレーが多い。

 飛ばさなければ楽しめない、渋滞は我慢できない、雨が降ったら乗りたくない。果たしてバイクってその程度の楽しさだったっけ?

 乗ってるだけで、何処に行っても何をしても純粋に楽しい。アメリカンバイクにはそれを一番体験しやすい魅力があるのかも知れない。……知らんけど。

 あ、あと株主カブヌシもそんな感じよね。


 ズパタッ、タッタッ、ズパタッ、タッタッ、ズパタッ、タッタッ、ズパタッ、タッタッ、ズパッ……。


 ……って、いやそれにしても遅いなっ! 音は届けど姿は見えず。歩いて来てるのかよ、ってくらい。

「ハーレー……、ですよね? お客さん……ですかね?」光ちゃんも不思議に感じたのだろう。二人で顔を見合わした後、入り口に視線を送る。

 さらにもう数分程、音が聞こえ始めてからだと四半刻くらい経過した後、細めなフロントホイールに超長いフォークが顔を覗かせた。最近では珍しいチョッパースタイル。

 光ちゃんがドアを開け駐輪スペースに出て行く。エンジン音も止み、お客さんとなにやら話している様子だ。話終わった光ちゃんがこちらにひょこっと顔だけ覗かせる。

「キョウさん! カップルでご来店なんですけど、彼氏さん寸前でガス欠になっちゃったみたいで、一番近いガススタって何処でしたっけ?」

「あー、ちょっとチョッパー押してくのは無理あるかな。ガソリン分けたげるからとりあえず店内に、って」

 そう伝えた後、私もチョッパーが気になって外に出る。

「いらっしゃいませ。大変でしたね」


 押してきたのは実質数百メートルくらいだと思うけど、なにせチョッパー。相当押しにくかっただろう。汗だくな彼氏さんとその後ろについて入ってくるかわいらしい彼女さん。彼女のハーレーは彼氏のと比べると割と高年式でカスタムもさほどされていない。押して歩いていた彼氏と併走してたんだね。かなり背が低そうだけど、重心も低く足付きも良い点でハーレーアメリカンを選んだんだったよね。

 こういう間口の広さもハーレーの良さではないだろうか。


「かなり(カスタム)やられてますよね?」

「わかります?」

「ハーレーはあまり詳しくないですけど流石にわかりますよ。キャプテンアメリカ号仕様、但しマーベルじゃない方!」

 話を聞くと、何年も前から出来るだけお金をかけずにコツコツとレプリカを作成していた所、最近eBay(海外のオークションサイト)にてなんと本物のガソリンタンクを見つけ運よく破格の値段で落札、それから約三ヶ月の船旅を終えやっと手元に届いたとのこと。嬉しくてすぐに取り付け、今朝も早朝からロングツーリングに出掛けてきたという。

 そしてそのエピソードを嬉々として語っている彼には悪いがおそらく、いや99.99%の確率で偽物だろう。諸説溢れているので真相は定かではないが、撮影時に四台作られたバイクのうち三台は盗難され、所在が明らかになっている本物は世界に一台しかないというのが通説。少し調べればわかることだけど、無論彼には黙っておいた。こんなものは本人が良ければそれで良いのだ。外野がとやかく言うものでも言うべきでもない。それにガチガチに本物と全く同じ仕様に拘っているわけでもないのだろう。フロントブレーキも付いているし、それっぽく自分なりに再解釈アレンジして楽しんでいる感じだ。

 他にお客さんもいなかったので、カスタムやオークションの苦労話で盛り上がった。海外オークションに興味こそあれ、未だに手を出せていない私としては大変興味深い内容だった。


 夢中でバイクの話をする彼氏さん。うちのことはハーレー乗りの掲示板で知って、近所だったからツーリングの帰り路に彼女と来てみたという。因みにこの情報は入店してすぐサングラスをかけたままご機嫌斜めな、いや違うな、気まずそうに一言も話さない彼女さんがトイレに行ったタイミングで小声で教えてくれた。

「かわいい店員さんがいるって評判ですよ」との一言を添えて。

 テーブル上の空いているお皿を片付けサプライしていた光ちゃんが両手を頬っぺたに添え、片足を折り曲げて「イヤン」ってテロップの出そうなポーズを取る。

 光ちゃんも心得ていて、一見すると不機嫌そうに見える彼女さんが入っていったトイレのドアが開く音が聞こえた瞬間、そんなあざとい仕草は引っ込めた。


 カップルで来店されたお客さんの彼氏の方が光ちゃんにデレデレしてしまって女性客が機嫌を悪くすることは多い。しかし今までそれでトラブルになったことは一度もない。光ちゃんの躱し方が上手いのと、思いの外彼女が女性にも愛されるキャラだからだ。


 ただ、今回の彼女さんについては決して不機嫌な訳ではない。ただ気まずいだけだ。

 そしておそらくその原因は私。


―K35―

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