Colors of Biker 〜珍しい客〜

 戦場のようなランチタイムラッシュを終え、その反動からか午後三時になると今度は閑古鳥の鳴き声が聞こえてきた。


 土日だというのにおやつ時にスイーツを求めて来店するお客さんが一人も来ないカフェってどうなんだろう? それでもトータルの売上ではいつも通りになりそうだから、今日の所はまぁ良しとしよう。


 カウンターの中でバイク雑誌を読んで過ごしていると、おそらくだけどうちに近付いてくる排気音が聞こえてきた。少しづつ音が大きくなり複数台だとわかる。さらに近付いてくると2ストの音もする。

 やがて駐輪スペースに五台のオートバイが現れた。初めて来店されるお客さん達で、みんなレーサーレプリカブームの頃の車輌ばかり。流石に全部が全部コンクールコンディションとまではいかないけど、年式を考えるとかなり綺麗に保たれている。それにどれも現役で走っている車輌だってのが伝わってくる。


 この時代の車輌に抱く感想、これは街ですれ違う時にもよく思う事なんだけど「いやー、結構古いやつだよね。苦労しそう」とか咄嗟にそんなコメントが浮かんできて、いや設計年度だとニンジャの方が古いか……、ってなる。こういうのは私だけかと思っていたけど、孝子もドライブ中にセパハンのバイクを見ると「おー、セパハンで頑張ってんねー」とか言ってて「あんたのドカの方がよっぽどポジションキツいでしょっ!」と助手席から突っ込んだ。

 みんな自分が乗ってる車輌については、古いとかポジションキツいとかネガティブな要素は忘れがち。


「いらっしゃいませー、お好きなテーブルどうぞー」

 バイクの印象から結構年配の方々を想像していたが、光ちゃんと同じくらいで大学生っぽい。お冷を運びに行く光ちゃんに、混んでないので二つのテーブルを使って頂くようにと伝える。

 カウンターに戻ってきた光ちゃんからお客さんのオーダーを聞き、一旦厨房へ。


 出来上がった料理を二人で運びつつ、軽く挨拶をして二〜三言の会話を交わす。学生さんの集まりだと思っていたけど皆さん社会人のご様子。SNSで知り合ったお友達グループで、うちのお店のことも誰かの呟きを見て来て下さったとか。

 いつまでも若いつもりでいたけど、私もとうに三十路過ぎ。オバサーover30と言うよりもアラフォーの方が近いし、しっくり来る。最近は自分より若い子たちはみんな学生に見えてしまう。


 食事が終わってから丁度良いタイミングに提供出来る様、コーヒーを淹れる準備を始める。食後、少し歓談をしてちょっと口寂しくなる頃合い。

 お昼も三時も過ぎたこの時間にいらっしゃるお客さんバイク乗りは会話に飢えている。最近ではインカム常備が当たり前になってきたけど、この人達のヘルメットにインカムはついていなかった。

 バイクという乗り物を選ぶ人種。彼らは孤独を求めて走り、胸に独りの寂しさが刻まれると今度は仲間と馴れ合ってその傷を癒す。だからこそ走りと走りの幕間まくあいには至上の空間で会話を楽しんで頂きたい。


 食事も終わり会話もやや停滞する頃を見計らい、光ちゃんが淹れたてのコーヒーを運んで行く。邪魔にならない程度に会話をして戻ってくる際に、お客さんから何か質問をされた様子。カウンターから見守っていると「キョウさーん」と呼ばれた。どうも土地勘がないとわからないことを聞かれたようだ。福岡から神奈川こっちに出て来た彼女は普段見事に標準語を話しているので、常連さんの中でも彼女が神奈川民だと思っている人も少なくない。

「これなんですけど……」とお客さんの一人からスマホの画面を見せられた。

 やはりSNSの呟きが発信元らしいのだけど、古いバイクが数十台神奈川の何処か山奥の資材置き場に野晒しで放置されているという。撮影された場所が神奈川らしく、心当たりがないか聞かれた。放置と言っても工事現場でよく見かける白い仮囲いの壁の隙間から撮られたであろう画像だ。その投稿に反応した別の誰かに至ってはドローンで敷地内の撮影をしてアップ、さらにその呟きに反応して車種特定し「この車輌は価値がある、この車輌はお勧め出来ない」などと盛り上がっている始末。価値のありそうな車輌を「どうせ放置しているなら」と土地の持ち主を探して安く譲ってもらってレストアしたいとか、そんな話だった。

 ドローン動画に一瞬見慣れたコンテナが写り込んでいて、それが以前宗則から聞いたいにしえのバイク解体屋付近だろうとピンときたが、敢えて心当たりは無いと答えた。


 仮にさ、私ん家のクローゼットの中を盗撮されて「ビンテージのショット製革ジャンが掛けてあるけどいらないんだったら欲しい」なんて言われたとしたらどんな気持ちになるだろうか? 勿論面と向かってそんな事は言わなかったけどさ。


 それにレストアと言っても、同じ車輌を持っている人が部品取り用に所持するならいざ知らないけど、数十年も屋外放置されていた車輌のレストアを素人が一から始めたところで結果は目に見えている。結局の所、実働レストア済みの高価格車輌を買った方が安くつく。同じ金額かそれ以上のお金とさらに時間を追加して、レストアの過程自体を楽しめる人でないと。数年後、掛かった金額を上乗せしたレストア途中の車体がオークションで買い手もウォッチリストもつかずに延々と再出品されている未来しか見えてこない。


 だけどそんなことを真っ先に考えてしまうのは、私が歳を取ってときめく心を無くしてしまっているからだろう。三十路を過ぎ、空に希望も何も見えなくなっている私がいた。

 輝く青い若さに当てられ、そんな事に気付く。そんな一日だった。


―K35―

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