バイク以外にも乗る

 基本的に、いや応用的にも主義に反するんだけど、その時の私はお客さんの一人に声を掛けられてプライベートで会う事にした。


 何が良かった訳でも何が悪かった訳でも無いけど、……まぁ顔は悪くないけど。それにしたって、学生時代のダチの宗則や後輩のトマトの方が世間的にも私的にも顔面偏差値は高めだ。

 じゃあ何故かって? 理由は特に無いしわからない。


 最初、バイト先でナンパされた時は、てっきりバイクでどこかへ行くのかと思っていたが、都内で映画を観てディナー、その後お洒落なバーからのシティホテル。

 ホテルで事を為す前には少しだけトマトの顔がよぎったけど、女が男にした約束なんて真に受けてる方が悪い。


 そうして付き合ってる訳でもなく迎えた二回目のデートは彼の自慢のスポーツカーでのドライブだった。

 生憎あいにく車に興味の薄い私は、それがツーシーターだけど軽トラックじゃないからスポーツカーって程度の認識だったし、普段バイクしか乗らないから運転が上手いかどうかもわからなかった。


 ドライブってのは結局ずっと話をしてる事になる。彼が長々と語る車の話には無愛想な返事しか出来なかったし、私が長々と語ったバイク論に対して、彼は一言「どーだっていいじゃん」と、シンプルな俺の格好良さをアピールしてきた。

 その後ドライブ中はずっと我慢していたけど、急に生理になった事にしてその彼とはそれっきり。

 それから一ヶ月も経って無いけど、私としたことが車は勿論、彼が乗ってるバイクの車種すら思い出せない。確か聞いた筈なのに。


 第三京浜サンケイで会ったあいつは旧型のVマックス、喫煙所でバイクの声が聞こえるって言っていた彼はSR400、通勤路で一緒になるバイク便さんはZRX400、偶にくるガキんちょはAPE100。高校生の子ガキんちょ以外みんな名前も知らないのにバイクの車種もエピソードも覚えてる。それなのに一回こっきりとは言え、私にも乗らせたし私も乗った男が乗っているバイクの名前を思い出せない。


 洋子と一緒にバイクが出てくる古いアメリカ映画を観た後、横で眠る彼女を置いてこっそりとニンジャで夜走りに出た。バイク乗りに会いたかった。

 期待はしないで向かった第三京浜保土ヶ谷パーキングにはVマックスが停まっていた。隣にニンジャを停めた私は思わず笑みが溢れたけど、メットを脱ぐ時には澄ました顔を繕った。

 一緒に缶コーヒーを飲みながらバイク映画の話なんかをして、この日初めて第三京浜サンケイの直線番長の名前と連絡先を聞いた。

 洋子が起きる前に戻りたかったので、三十分くらい駄弁ったらすぐに横浜新道を引き返した。


 もうバイクの事しか考えていない、いつもの私に戻れていた。

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