切ないトワ少年

――バイクはシャープナー、自分というナイフを研ぎ出す砥石のようだという例えは何で読んだんだっけ? そうそう、ユキのお父さんに貸して貰ったバイク漫画。確か私好みのダンディなおじさんが出るんだよね。


 そこまで意識したことは無かったけど改めて考えて見ると、確かにバイクは私の何か・・を削っているような気がする。それは憤りだったり、哀しみだったり、無垢な笑いだったり、自由を望む心や漠然とした未来への渇望、きらめき、そんなあらゆる感情が少しずつ削られ、自分や周りを少し俯瞰で虚無的ニヒルに傍観してしまうようになる。


 私が女だからってのもあるけど、そもそも男連中ほどは尖ってなんかいない。それでもバイクに乗ってると、男だけの世界って前提を押し付けられるのには反発してしまう、そんくらいには尖っていた。決して丸い方ではなかった。だから私も時間をかけてゆっくりと削られて刃物のような形に近付いていく。


 元々ナイフのように尖っている男の子は、バイクってシャープナーで研がれて切れ味を増していく。その結果、手に入れたその切れ味をひけらかすように自己をさらけ出し、なりふり構わず切れ味を見せ付ける。

 私も乗り始めてすぐにそんな切れ味を手にしていたなら、きっとそれを周囲に誇示しただろう。


 バイクに乗り始めて何年か経った頃、私も自分というナイフの切れ味に気付く時がきた。その時は既に周りにナイフの扱いに慣れた奴らが多かった事もあって、むやみやたらに他人を傷つけないようにと人と距離をとるようにした。そう、良いナイフほどキチンとシースに収まってるもんだ。


 バイトを始めて半年も経っていない頃、ちょっと古めのちいさいバイクに乗ってやってきた少年トワ。彼はまだまだ青臭い若者だったけど、バイクによって研ぎ出されたその切れ味をひけらかすようなタイプじゃなかった。自分の大好きなおもちゃで、間違っても人を傷つけてはいけないとわかってる。そんな印象だった。

 田舎に住んでる男子高校生なんて、バイクに乗ってる自分を特別視して、あちこちでナイフを振り回して刃先をボロボロにしちゃうもんでしょ? だから、ちょっとだけ話し方が生意気だったにも係わらず、私はトワのことが気に入ったんだよね。


 トワが当時住んでたのは、神奈川県下でもかなり田舎の部類に入る街。正直私のバイトしてる店舗じゃなくっても、もっと近くに系列店もライバル店もあるんだけど。トワも私のことが気に入ってくれたみたい(懐かれてるって感じ)で、だいたい一ヶ月か二ヶ月に一度は顔を見せに来てくれてた。でも本当に顔を見せに来てただけ。たまに気を遣ってくれて、リアキャリアとか注文してくれたりはあったけど。そもそもコイツのエイプはもう殆どレーサーって所までカスタムされてたから今更買うパーツなんてないんだよ。

 それに旧車とまで言わないけどミニモトは旬な時期がすぐ終わっちゃうから、すでにパーツは各店舗で在庫してる分のみ。

 だからデジタルメーターをジャックナイフした拍子に頭ぶつけてメットで割っちゃったってときは同じメーターの在庫探すのに苦労したっけ。


 そうそう、あの子一度だけ異次元レベルに可愛いJK連れて来たんだよ。身内最強の孝子すら雑魚に見えるレベル。

 でも結局は振られちゃったんじゃないかな。高校卒業した頃に笑っちゃうくらい落ち込んでる時期あってさ……あ、笑っちゃわりいか。

 そん時は扱いに困ったよ。何だかんだ言っても高校出たばっかのガキんちょでしょ? 何言っても上の空でさ。でも私に会いに来てくれてるってことはまぁ寂しいんだろうからさ。


「それがどうよ? アイツ今まで一言も結婚したとかしてるとか言わなかったんだよ⁉︎ せめて一言ぐらい報告しててもバチ当たんないでしょ?」


 私ん家、孝子と二人飲み中。私の話に相槌も打たずカマンベールチーズを摘んで口の中に放り込む孝子。

「ちょっと聞いてんの孝子?」

「三十路女は泣かない、ってとこまでは聞いた」今度はワインをあおっての一言。

「三行も聞いてないじゃないっ!」


―K36―

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