ラノベ旅2の上

 今朝はうなされて目が覚めた。

 夢の中で私は結婚して何年も経っていて、旦那さんが私に腹を立てている。

 私は自然に旦那さんのことを知っているし、一緒に過ごした時間も実感していた筈なのに、目が覚めた瞬間から少しずつその記憶は無くなっていく。

 二時間経った今となっては、彼は何で怒っていたのか? それすら思い出せず、彼の顔に至っては首から上だけもやの中。

「もし予知夢なんだったら、誰かわかんなくってもせめてイケメンかどうかくらいの事前情報欲しかったな」

 そんな事を考えながら早朝の空いた道を、今の内にと爆走する。


 以前、バイト先の店長が教えてくれた幾つかのオススメ推しネット(バイク)小説。

 その中で、主人公の少女たちの日常がゆったりと流れていく様子が爽やかに、時にコミカルに描かれている作品がある。私の高校時代には無かったバイクがかたわらにあるキャンパスライフ。それが羨ましくて文体も難しくなかったので、小説慣れしていない私にもさらっと楽しく読めた。

 主人公の女の子がカワサキのバイクに乗っているのもまた良い。


 で、その作中に出てくる安くて美味しいうどん屋さんが、なんと隣の県にあるじゃない?

 今日は早起きしてそのお店を目指している。店長やユキの言葉を借りるなら聖地巡礼ってやつ。

 勿論下道。安いうどんを食べに行くのに高速使ったんじゃ意味がない。


 ルートは確実にわかる所まではそのまま走っていき、悩む様な場所まで来たら一度路肩に寄せて停車してからスマホの地図を見る作戦。言い換えると、思い付きで飛び出してしっかり下調べはしなかったという。


 ルート検索をして、オプションで高速道路と有料道路を使わない設定にする。いくつか候補が出てきた中で、折角ならと箱根を経由する方を選択し、すぐに確認出来るように準備しておく。


 そうして迎えたいつもの椿ライン。

 早朝に出発したのでゆったりと一人で流せると思っていたのだけど、ローリングの折り返し地点を過ぎた辺りで対向車線のツナギを着込んだガチ勢、いわゆる〝早朝組〟とすれ違う。

 すぐに後ろから排気音が迫ってきたので左ウインカーを出して端に寄ってやり過ごす。左手を上げて軽く会釈しながら二台の大型スーパースポーツが追い抜いていく。

 ひとコーナーだけ頑張ってみたが、立ち上がりで離れていく二台のお尻を見て気持ちは萎えた。一つギアを上げ回転数を落として安全マージンを増やす。


 その後、しとどの窟を過ぎるまでは当初の目論見通りリラックスして走れた。その辺りで手前を走るミニバンに追いついたのでペースを落として、圧をかけない距離をキープして走る。リアハッチから見える車内には荷物が満載で、窓ガラスに貼ってあるアウトドアブランドのロゴシール達から、キャンプ場を目指しているだろうことが伺えた。

 こちらもゆっくりと景色を眺めながら流す。当初は大観山SAで一休みと思っていたが、このまま沼津辺りまで行けそうな疲労感、いや寧ろまだ疲労など感じていない。こういう時は距離を稼ぎたくなる。


 しかし平和なクルーズもここでお終いの様だ。あと少しで大観山SAってところで、後ろから猛スピードで甲高くも野太い音が迫ってきた。ミラーを見ると二車線一杯にローリングしながらきたスーパースポーツが、私とミニバンを反対車線から一気に抜き去った。

 毎週のように峠を走っていると感覚が麻痺してしまうのか、偶にしか走らない私は何というか悲しい気持ちになる。

 だけど彼(彼女かも知れないけど)を私は責められるのか? 彼の行為について自分の尺度で測っているだけではないだろうかとも思う。私だってすり抜けもすればスピード違反だってする。

 どこまでが良くてどこからがダメなのか、私はキリストに諭されて石を投げられなくなる側だ。


 そうして急いで走り去った彼が大観山SAに入って行くのが見えた。前を走るミニバンも。

 私はそのまま通過して「抜いてく必要無かったでしょ」と小さな台詞を捨てちゃったけど、もしかしたらのっぴきならない事情があった可能性もある。例えばそう、あれか。

「うんこ漏れそうだったのかも……」

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