Colors of Biker 〜ドラッグレース3〜

――お遊びレベルだけどドラッグレースを一戦終え、気持ちが高揚している。

 斜に構えていたつもりが私もまだまだガキだったようで。

 その事実が恥ずかしくもあり嬉しくもあった。


 ゆっくりと吸い込んだ煙を夜空に吐き出す。目を閉じて余韻を楽しむ。

「ファアアーッ、フォン」


「ごめんごめん、さっき信号待ちでメッセージ気付いたわ。中々帰んない常連が居てさ」

 聞き慣れた声に瞼を開ける。

 先程から美しいインラインフォーを奏でていたのはなんと孝子だった。

「へっ? どしたのアンタそれ? ドカは?」

 目の前には赤とシルバーに塗り分けされたフルカウル、タンクにはMVアグスタの文字。

 トワは飲んでいた缶コーヒーを軽く吹き出し、ダイサンはダイサンでやや焦りの表情を浮かべながら孝子のニューマシンを見ていた。


 その高級車に跨っている孝子はと言うと、ダイネーゼのレーシングスーツに馬鹿でかいディフューザーの付いたアライ製フルフェイス、そして良く言えば年季の入った、見たままを言わせてもらえば小汚い袖切りトレーナーを重ね着したエイティーズ走り屋スタイル。本気仕様の孝子。


「増車よ増車。行きつけに出物があってさ。ずっと悩んでたんだけどあの後帰りに速攻で契約してニコニコ現金払い。んで無理言って納車早めて貰ったのよ」ヘルメットを脱いで満面の笑みの孝子。

「だいぶ型落ちとは言っても結構しますよね? それならブルターレの方が速くないですか?」トワの意見も尤も。

「なんつーの? 学生の頃からの憧れの車体なのよセリエオーロコイツ


「アンタも色々仕込んで来たみたいだけど、コイツでぶっちぎってやんよ!」とウィリーバーを見ながらダイサンを煽る。

「いいじゃねーの。相手にとって不足なしよ」ダイサンも強がっているがいつもより少し緊張してる様子。


 早速四台横並びになって準備する。

「孝子さん頑張ってーっ! じゃあ行きますよー、ほーいっ」と孝子贔屓びいき光ちゃんスターターが空き缶を放った。

 缶の着地と同時に孝子とダイサンが飛び出す。

 ダイサンのスタートも神がかって上手いが孝子も全然負けていない。

 私とトワも飛び出すが先行する二台がシフトアップするたびに差が開いていき、孝子とダイサンがほぼ同着、次いでトワ、最後に私という順番でゴールラインを通過した。


 ダイサンが大回りして戻ってきた後、これまた揉めた。

 孝子は孝子で自分の方が速かったと言い張り、ダイサンも自分の方が速かったと言い張り、お互い全く譲らずに平行線。


「アンタたちも見てたでしょ?」と孝子に聞かれたけど、トワも私も同じ意見。後ろからだと同着に見えた。

「面倒くせーからもっぺんやっか?」とダイサン。

「じゃあアタシゴールラインで動画撮ってるよ」

「それなら三本勝負がいいんじゃないですか?」

「トワ、アンタいい事言うじゃん? よっしゃ、白黒つけるよ!」

「望む所よ!」


 ここからトワも見学で二人の一騎討ち。


 一本目。

 スタートでダイサンがやや遅れてその差を縮められないまま孝子の勝ち。

 ゴールラインを通過した後、GPレーサーの用にスタンディングでガッツポーズをとる孝子。


 二本目。

 今度は絶妙のスタートを切ったダイサンがそのまま逃げ切ったが、出だしで遅れた分は孝子がシフトアップの際に詰めてきた。

 これは、スタートで孝子が前に出たならもう孝子の勝ちは確定だろう。

 ダイサンはジリ貧だ。流石に表情が曇る。


 三本目。

 スタートでダイサンの頭を抑えた孝子。

 残念ながら孝子はここで油断しない性格。

 しかしそれ以上にダイサンも諦めの悪い男だった。

 スタートして五秒も経っていないが、ダイサンがタンクにヘルメットを打ち付ける様に前傾姿勢を取って何か手元のスイッチを操作した瞬間、Vマックスが尋常じゃない速度で再加速した。

 嘘みたいに高回転まで回り切った甲高い音を出して、孝子の車体一つ分後ろから一気に抜き去りゴールラインまであっという間に駆け抜けた。アクセル全開の孝子は車体二つ分遅れて通過。

ノスNOSッ⁉︎」とトワが声を上げる。

 確かにダイサンのには青いタンクが付いてはいたけど……。

「あいつダミーって言ってなかった⁈」


「ボッ」

 一〇〇メートル程先でダイサンのバイクから爆発音がして、辺り一面が白煙に包まれた。

「うわっ!」思わず声が出る。

 続いて孝子が白煙の中に突っ込んで行くのが見えた。


 トワと私が慌てて駆け出す。無駄と思いつつも手で煙を払いながら近づくと最後スライドして止まったのか、ダイサンの横に車体を斜めにして止まっている孝子とセリエオーロの姿。辺り一面霧状のオイルが舞っている中、良く転かさなかったもんだ。

 孝子もバイクもオイルを被ったのか、全体的にしっとりとしている。


「あんたファイヤーマリオみたいに何か火の玉出てたよ」とは特等席で見ていた孝子の談。

 ダイサンとVマックスの下にはオイル溜まり、後輪がロックしたのか道路にクッキリとブラックマーク。

「どうよ? 俺の勝ちだろ?」

「いや、アンタこれどーすんのよ?」孝子より先に私が突っ込む。


「今日のところはアンタの勝ちでいいよ」

「イタ車なんかに負けるかっつーの」

「いや、アンタこれどーすんのよ⁇」


 バイク乗りは幾つになってもガキだ……。


―K35―

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