Yoru Ride

 深夜にコーヒーを飲みにカフェを目指してバイクを駆る。

 単純にその行為に酔っている自分がいないとは言い切れない。


 スマホで調べたざっくりとした経路は、下道を走り寒川まで、圏央道に入り八王子ジャンクションで中央道、降りるインターは調布。その後最初の交差点で左折。そこまでの道程で迷う事はないだろう……と思いたい。

 スマホの充電が心許こころもとないので調布出口を降りた後からナビゲーションを開始する予定。


 寒川北ICへは母校の前を素通りして向かう。慣れ親しんだ町並みに安心感と庭感を抱きながら夜の空気を満喫する。この辺りを走る分にはまだ心に余裕がある。

 さて。インター入り口までは迷わず辿り着いたけど、ここから先は少しばかし緊張する。カードは入っているか? 速度はキチンと落ちてるか? ETC通過時のそんなささいな事から、なれない高速で分岐を間違えてしまわないかって事まで。そしてバイク乗り共通の心配事。夜の高速道路は空いていて、ついついアクセルを開け気味になってしまうけど、グッと堪えてソレに備える。


 高速に乗って数分も走らないうちに、道路脇に捕まったばかりの如何にもな風体のワンボックス(アルベル系って言葉を最近聞いた、その括り)を発見。その前方に停車しているのも如何にもな風体のセダン。

 シルバーのクラウン、ダークスモークのリアウィンドウ、今後のために特徴を脳裏に刻む。ミラーも気になったけど見逃した。

 元々飛ばしてはいないけれど、自然とアクセルを開ける右腕の力が抜けていく。


 深夜の高速道路は順調に流れ、暫く走って懸念していた分岐も無事にクリア。調布出口で降りる。

 最初の交差点を曲がり路肩に寄せてウインカーを出して停車、ナビを起動させて音声案内を開始して再スタート。

 道中、真夜中だというのに停止違反か進入禁止違反かわからないけど、路上で張り込んでいる警察官を見つけた。交通安全週間なのかもしれないなと思いバックミラーを今一度注視する。ストーカーまがいの不審車両はいない。

 そもそもさ、止まらないと危ない場所を過ぎた後に「止まらなかったでしょ?」じゃなくってさ、止まるべき場所で「止まってね!」じゃないの?

 そんなことを考えながら概ね順調だなって思い始めた矢先、ナビの音声が突如切れた。


「300メートル先、ひ……」これがナビのダイイングメッセージ。


 左折よね? だけど300メートル感に自信が持てないでいると、青看板が青梅街道と交差していることを告げてきた。これどう考えても左折ポイント通り過ぎてるでしょ。

 とりあえず左折して青梅街道を走っていると反対車線側に目的のカフェを見つけた。中央分離帯があるから早めに左折する道を案内してたんだねナビ。気が利くね。

 コンビニに滑り込んで転回して無事到着。最後あやうかったけど何とか辿り着いた。


 深夜だというのにお客さんが数人いて盛り上がっている店内を一瞥しながら店舗前にニンジャを停める。視線は感じないけど念のためカッコをつけてクールを気取る。

 ゴトリ、と足音をさせて一歩踏み込む。カウンターに腰を降ろして隣の椅子にヘルメットを置いた。頂いたメニューに一通り目を通し、自家製のジュースも気になったけどまずはコーヒーを注文。

 ハンドドリップで丁寧に豆を挽く音に期待が高まる。店内を見回して装飾や雰囲気を感じとる。小物が溢れていて、壁や天井には所狭しとポスターやチラシが張り巡らされているが、アメリカン雑貨を扱うショップにいるようなワクワク感がある。いつか私もこんな洒落た店であちら側カウンターに立っていたい。


 コーヒーを一口飲んで、いやコレは珈琲と言った方がいい、珈琲を一口飲んで「私もこんな美味しい珈琲を淹れられるようになれるのかな?」と弱気になる。

「……いつかできる」誰にも気付かれないように小さくふるふると頭を振って自分に言い聞かす。カップに唇をつけ、ゆっくりと二口目を味わった。


 フードも気になったけど、また来たくなるように後悔の欠けらとして残しておく。

 会計を済ませ、再び夜の街に走り出す。


 青梅街道を都内へ、東京都道311号環状八号線に右折で入る。

 気持ちが昂ぶった私のハンドルは第三京浜保土ヶ谷パーキングエリアへと向かっていた。

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