信哉+1

 第三京浜保土ヶ谷パーキングエリア。


 その昔、毎週土曜日の深夜になると大勢のバイク乗り達が友達と明け方まで駄弁っていたり、一人で黙ってタバコをふかしていたり、派手にカスタムされた車輌を見せびらかせに来たりと、何をするでもなくここに集まっていたそうだ。

 なんだか最近のバイク乗りがSNSでやっていることと殆ど同じだ。今も昔も大して変わりないってことだ。


 バイト先に来店してくる年配のお客さん達がその頃の話をする時はみんないつも楽しそうで、中には「そこで知り合って友達になって、もう何十年も続いている」という方もいらっしゃった。学校や職場なんかでなく道の上で出会う仲間、そんなきっかけが毎週土曜日に訪れる、実はちょっと羨ましいと思っていた。


 平日の深夜、当然バイク乗りは誰一人いない。閑散としたバイク駐輪スペースにニンジャを停め、一服前にまずはトイレを目指す。タバコを吸うと尿意を催すのを経験上知っているのと、珈琲もやはり利尿作用があると思うのとでダブルパンチだからだ。


 トイレから帰って喫煙所に向かってる最中、バイクが二台に増えている事に気付いた。

 喫煙所には先客がいる。黒革のライダースジャケットにカットオフされたデニムベストを重ね着。ボトムスにはチャップスを合わせている。足元はチャップスで隠れているが、僅かに露出している部分から所々に鉄板の付いたビンテージもののオフロードブーツを履いている様子。私も人の事は言えないけど、なんとも時代遅れな格好だね。

 もしやと思ってバイク駐輪場の方を振り返って確認すると、ニンジャの隣に停められているのはヤマハVマックス。


「あれ、その背中! お前この前おっぱいでかいねーちゃんと一緒に走ってたやつだろ?」私の背中の看板を覚えていたのか、Vマックスのオーナーの方から声を掛けてきた。

 いや、しかし、おっぱいて……、間違いなく孝子の事なんだろうけど。そんで私に関しては相変わらず安定の初見性別誤認。喋ると大体気付いてくれるんだけどさ。

 悲しいとかそういうのじゃなくて、格好も格好だしさ。んでもバイクに乗る事も革ジャン着る事も全部アンタら男の特権って訳じゃ無いでしょって言いたい。


 振り返り様、自然と語調が荒くなる。

「アタシも女だって!」

「いや、んなん見りゃわかんだろ?」

「はぁ? いやアンタさっき〝お前〟に〝やつ〟って……」

「別に女に使ったっていいだろ? 女呼ぶときゃ〝あなた〟とか〝きみ〟とかのが良かったか?」


「はっ、そりゃそうだ。……アンタ面白いね。モテなそうだけど」

「モテなそうは余計だろっ! つかなんでわかんだよ⁈」


 この男、前に孝子が「第三京浜の(直線)番長」って揶揄してたあいつだ。

 でもこの第三番長の言葉で私のもやもやしてた気持ちが少し吹き飛んだのも事実。

 私は私なりに女ってやつを逆張りしてたみたいだ。


 この後、お互いの名前も職業も聞かずにひたすらバイクの改造ポイントなんかの話で盛り上がった。タバコ数本分の間に途中買ったあたたか〜い缶コーヒーもつめた〜いになっちゃったけど、接客としてじゃないバイク談義は久しぶりだなと感じていた。

 それはつまり、楽しい筈のバイク談義も仕事として話すようになっちゃってたってことだよね。


 この時はまだこの男、斉藤信哉が後々私や洋子と同じ看板を背負って走ることになるなんて思ってもいなかった。名前を知ったのだって先の話。だからまだこの頃は孝子も私も第三番長とか好き勝手に呼んでいた。


「また駄弁ろうぜ」

 どちらからともなくそろそろ帰るかって空気になった別れ際、第三番長がスマホを出して連絡先を交換しようと言ってきた。「走りに行こう」というありきたりな社交辞令じゃない所もこいつらしくって好感が持てる。

 それでもこちらも一度は揶揄からかう。

「何? ナンパ?」

「バカ! 違げーよ。全然タイプじゃねーって」

「そういうとこダゾ」と言って奴の鼻を指差す。


「次、また偶然会った時にしよ?」

「何だよ、それ? もったいぶって」

「ちょっと運命ってか、そういう偶然に飢えてんのよアタシ」

「カッコつけ過ぎだろ」

「うん、ごめん嘘。実はスマホ充電切れててさ。IDとか覚えてないのよ」

「昭和のおやじかよっ‼︎」


 腹の底から笑いながら、左手を振って「またな」って去っていく彼の背中を見送った。

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