Colors of Biker ~バイクの魂~

――店舗の賃貸契約と共にオマケでついてきた、店の裏手にある駐車スペース。

 咥えタバコでその場所に立っている私の耳にお客さんのハーレーの音が聞こえてきて、店の前で停まった。この排気音エキゾーストノートは誰だろう? 正直、ハーレー乗りのお客さん多くてわからないんだよね。



 月に一度か二度、私はここで少しの時間佇む事がある。

 洋子も光ちゃんも、私が過ごすこの無為な時間を咎めない。


 ここにはスタッフ、……といっても私と洋子のだけなんだけど。

 二つの意味で私たちの乗ってきたバイクが停められている。


 今日、出勤のために乗ってきたバイク。私のW800や洋子のMonster797が一つ目のそれにあたる。

 もう一つは、カフェレーサー仕様にカスタマイズされた洋子の250TR、それは彼女がバイク乗りという生き方を選んだ時に初めて乗ったバイク。

 そして今はほとんどの時間を掛けられたシートの中で過ごしている、私のGPZ900R青春


 びっこを引く足で近寄ってシートを剥ぐった。

 数年に渡るストイックなリハビリのおかげで、普段の私を見て事故の後遺症があると感じる人はいないだろう。

 だけど、これは心理的な問題。ニンジャと対峙するときには、どうしてもびっこを引いてしまう。


 そしてこのタイミングで、背後から聞き慣れた抑揚のない声が私に向けて掛けられた。

「どっからやんべぇよ?」


 奴のバーベキューソース顔に付き合うように、私も両の手の平を上に開いて肩をすくめ〝何言ってんだいボブ、それにしてもアンタに背後を取られるなんて私も焼きが回ったもんだね〟っていうアメリカンジェスチャーで応える。

「アタシもまだまだだね。Vツインさっきの音はてっきりハーレーだと思ってたけど、まさかインディアンアンタだったとはね」

「洋子ちゃんに聞いたよ。キョウが月に一度くすぶってるって」

「燻ってるんじゃないよ。弔ってるんだよ」


「……で、どっからやんべよ?」

「話聞いてた? もう死んでるんだよコイツGPZは」

直せ生き返るべ?」

「フォークだけじゃない、フレームもネックが開いちゃってる。(シリンダー)ブロックもケースだって逝ってる、何処が生きてんのよ⁉」


「フォークは三つ又から差し替えりゃいいしエンジンだって載せ替えりゃいいべ?」

「フレームはどうすんのよ?」

「鈴鹿にあるショップで直せるって聞いたことあんよ」

「フフッ、……ほんとアンタってアタシが愛すに値するバイク馬鹿だよ。それのさ、それのどこがアタシのニンジャなのよ?」

「まぁ、どっちかっていうとニンジャよりはZRXになっちゃうかもだな」

「ちょ、うかつな全国のZRXオーナー敵に回すようなこと言わないでよね」


 フロントから突っ込み、大破したニンジャの奇跡的にダメージ、小さな凹みひとつないガソリンタンクを愛おしく撫でながら頭に浮かんできた疑念をそのまま口にする。

「宗則、バイクのたましいって何処にあると思う?」

「らしくねーな。機械だべ? んでも原チャ最初がツーストだったからエンジンって感じじゃなかったなー、俺の場合。そこは消耗品的な。でも最初はクランクだと思ってたよ。んでその内フレームかなって思うようになって、それもその内どうでもよくなって。今はグリップ一つでもネジ一つでも、機械に魂は無いから乗ってる俺の中にあるんじゃ、って感じてるよ」


「クサいこと言うね」

「クサいこと聞かれたからね。キョウの中にもあんべ? 魂。……やる時は手伝うよ」

 宗則の言葉。その言葉を聞いて、五十路を目前に控えた私の心の中に青臭い春色の風が吹き抜けて行く。


「なーに言ってんのよ。手伝わしてやってもいいよって話でしょ」

 笑いながら、今はまだ鉄クズのソレに再びカバーを掛けなおす。灰色のカバーがこの瞬間から銀色シルバーに輝き出す。


 W800を、トワガキんちょから買い取ったAPE100を、そしてニンジャを見やる。

「アタシこんな台数持ちになるとは思わなかったな」


 先に店に戻ろうと歩き始めた宗則に続くように追いかける。背中を拳で軽くこづきながら抜き去る。

「なんだよ?」

「カッコつけんなバカっ!」

「カッコ良かったんかよ?」

「少しだけな、ジャストァリトルってヤツ」

 振り返ると少しだけ溢れそうな涙に気付かれそうだったから前を向いたまま答えた。


―K49―

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