Colors of Biker ~休日前夜~

――「明日は久しぶりにだんなと走りに行ってくるよ」


 洋子に何処までと聞くと、江の島までと言う。思わず「近場じゃないの」と突っ込んでしまったが、バイクに乗るのに距離は関係ない。大事なのは何処に行くか、だ。


 私はいつも目的の無いまま走り出してしまう癖があるので良ツーリングの打率は低い。天気予報も見ずに箱根に向かい、雨と霧の洗礼を受けてそのまま帰ってくることなんかは数え切れない。


 閉店後の締め作業の筈がゆっくりと駄弁りながら、いやほとんど話してばかり。

 光ちゃんは明後日には田舎からお父さんが出てくるとかで、今週一杯お休みを取って部屋の片付けをしている。それでも終わるかどうかと言っていた。バイク乗りの部屋が整理出来てない問題はいつも深刻。

 そんな訳で、洋子と二人なんだけど中々終わらない。いつの間にか光ちゃんに頼り過ぎていたようだ。

 ついでに明日が定休日というのも私達のやる気を削いでいる。


「そう言うキョウはどっか行くの?」

「んー、起きたら考える」

「どうせ箱根、椿ライン辺りでしょ?」

 あらためて洋子に言われて初めて気付く。私の原点、ってのは言い過ぎだけど、初めてバイクで派手に転けたり、孝子や宗則と走りに行ったり、そこには沢山の思い出があるのかもしれない。

 忘れられない思い出があるから思い入れがある。

「いつも通りのポテンヒットだけど、大観山から沼津目指してお昼でも食べて帰るよ」

「ポテ、ん……何それ? でも懐かしいね。私がバイク部で初めて行ったツーリングのルートだよね。そのあとバイパラも行ったっけ? もう十年以上前かー。みんなまだジャンバーとか着てるのかな?」


 お互いに顔を見合わせどちらからともなくそっと目を閉じる。懐かしさから当時の、まだ二人の関係性を模索していた頃の若い気持ちが蘇る。

 唇をほんの少しの間重ねて、またいつもの距離感に戻る。優しい表情で微笑む洋子の顔を見つめる。

 20代の頃のようなギラついた性欲ももう表には出てこない。一度焼けた杭が再燃することもなかった。そもそも私たちの杭は芯まで燃えていなかったのかも知れない。

 あの頃もっと早く洋子の気持ちを受け入れていたら、もっと長くもっと熱い時間を過ごせただろうか? それはそれで案外早々に喧嘩別れしていたかもしれない。

 洋子の瞳から逃げるように目を逸らし、作業している手元に目線を移した。


「洋子は何で江ノ島?」

「別に特に理由無いよ。走りに行く時は大体いつもだんなが決めてるよ」

「あそこカップルで行くと別れるっていうじゃない?」

「それ婚後何年も経ってる夫婦には関係ないでしょ。……そういえばさ」

「ん?」

「ずっとね、キョウに言わなきゃって思ってたことがあって」

「なによ今更」

「私、キョウのこと踏み台にしてたと思う。……男性不信から立ち直る為に、また誰かを好きになれるように」

 か細い声でそう告げて、洋子はそっぽを向くように私から顔を逸らした。


 そんなこと。とっくの昔に薄々だけど気付いていた。

 だけど改めて言葉にされると何て返せばいいのかわからなくなる。

 小刻みに震える背中をそっと抱きしめる、今までの私ならそうやって声を掛けただろう。

 今の私は言葉だけ。

「洋子、女同士にも友情は成り立つと思うよ」

 洋子が笑顔で振り向くまで待ってから一緒に帰路についた。


 結局、締め作業はそこそこで切り上げた。

 私自由気ままなバイク乗り、明日があるさ。

 ……いや、明日定休日だから明後日か。


―K41―

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